内緒の出産がバレたら、御曹司が溺甘パパになりました
 ふたりが羽織っている上着の背中には菫のマーク。すぐ近くの路地にある花屋『紫Viola』の店員らしい。

 気のせいか?

 再び歩き出しながら思い浮かべた懐かしい顔は笑っているがまだ幼い。あの子が成長すればちょうど……。

 いずれにしろ紫Violaはうちと取引がある。

 毎週月曜の朝には受付の花の交換のほかに、エントランスホールの花の手入れに来ているはずだ。
 ちょっと早く出勤してみるか。

 担当が彼女かどうかはわからないが、もしかしたら確認できるかもしれない。

 レストランの到着は、やはり五分遅れた。

 でも問題ない。予想通り彼女はまだ来ていなかった。

 店全体は薄暗く、流れるているのは静かなピアノ演奏。中央にある黒いピアノの無人の鍵盤が動いている。

 彼女がここがいいと言うので、ホテルの支配人に無理を言って抑えた夜景を見下ろせる窓際の席。テーブルの上はスポットライトを浴びていて、隅にあるキャンドルの炎が揺れている。

 とりあえずウェイターに食前酒を頼み、待つことにした。

 夜景に目を落としながら、さっき思い出した少女の幻影を脳裏に浮かべる。
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