幼なじみの憂鬱


夜9時のドラマが始まるタイミングで、私は玄関に向かう。

扉を開けた瞬間、夜の澄んだ空気がふわりと家の中に入り込む。

それと入れ替わるように、私は外に出る。

私を迎えたのは、


「はあ……」


朝陽のため息だ。

朝陽はまるで、私に話を聞いてほしいと言わんばかりのため息をつく。

だから私も話を聞いてあげる。

幼馴染みとして。


「何よ。学校生活、上手くいってないの?まだ3日しかたってないじゃん」

「そうだよね、まだ3日しかたってないんだよね」


頬杖をつきながら、朝陽は夜空を仰ぐ。


「3日しかたってないのにさ、おかしいよね」

「何が?」


朝陽は目線を空に向けて、腕を組んだまま何か考え事をする。

そういう時、朝陽はいつも体を左右にゆらゆらとさせる。


「はあ……」


私の「何が?」には答えず、朝陽はまたため息をつく。

だけど、そのため息がいつもと違うような気がした。

たった一呼吸だけど、その呼吸の変化を私は見逃さなかった。

朝陽のため息はいつもは下向きで、吐き出されたまま足元を渦巻くようにいつまでも滞っている。

それなのに今日のため息は、上向きだった。

上昇気流のようにふわりと舞い上がって、星の見えない真っ暗な夜空の中で、どこまでもどこまでも広がっていく。

ため息なのに、そこにはなぜか、温かな幸せの気配があった。

ため息をつくと幸せが逃げるっていうけど、逃げるというより、溢れ出てきてしまっているようだった。

それに何より、玄関のオレンジ色のあかりに照らされた朝陽の表情が、いつもと違った。


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