幼なじみの憂鬱
「見た目じゃなくて、空気感が似てるんだ、僕と」
朝陽は恥ずかしそうにそう語った。
__空気感って、何?
彼女も地味ってこと?
「凪咲はどう思う? 一目惚れって」
「え?」
「凪咲は、一目惚れって、したことある?」
恥ずかしそうにもじもじとした様子と、ぼそぼそと尋ねる声が、恋愛漫画なんかで初めて恋をする女子のようだった。
その女々しい姿にイラついた。
「するわけないじゃん、一目惚れなんて。だってそれって、ほんとに好きなの?」
「え?」
「私は、一目惚れって、一瞬の気の迷いだと思う。
今まで出会ったことのないような子がちょっと気になるとか、光の当たり具合でキラキラして見えたとか。
使ってるシャンプーが同じだから、その匂いに親近感とか。
高校入学して、環境も人間関係も変わって、そう見えるだけだよ。
朝陽はそういうの、神経質だから。
それに朝陽の「好き」の根拠だってあやふやでしょ?
空気感が似てるとか。
それって別に好きじゃなくても、友達でもあり得るわけじゃん」
私のその場で考えたもっともらしい意見に対し、朝陽は「ああ、そうか」と素直に反応する。
「だいたいさ、朝陽が一目惚れって正直ウケるんだけど。
恋愛漫画の主人公にでもなったつもり?
そんなキャラじゃないでしょ、地味男子のくせに」
「ほら、そうやって笑うと思ったから言いたくなかったんだよ」
朝陽は怒って、私から顔をそむけた。
その顔の向こうから「まあ、凪咲の言う通りなんだけどね」と、寂しげな声が聞こえた。
「僕が一目惚れなんて、運命的な恋なんて、やっぱり似合わないよね」
朝陽は再び夜空に目を向けた。
空にはひとつも星が出ていなかった。
その闇の中に、朝陽の声が虚しく吸い込まれていくのを、私は見届けた。