幼なじみの憂鬱
「どう思う?」
ぽつりと投げかけられた朝陽の声で、ようやく私は自分の口が半開きになっていたことに気が付いた。
その口を慌てて閉じると、かさかさした唇同士が触れ合った。
何かを探すように、私の目があちこちに泳ぎだす。
探しだしたその答えを、私は慎重に朝陽に投げ返した。
「あの……朝陽は、まだ、彼女のことが、好きなの?」
私の質問に朝陽の目が一瞬大きく見開いた。
そして慌てたように答える。
「えっと、凪咲に言ったら、まだ諦めてなかったのかって怒られると思って……。
隠してたわけじゃないけど、でも……」
朝陽は言いよどむ。
そして真っ暗闇のどこか一点をまっすぐ見つめて答えた。
「いつの間にか、目で追ってるんだよ。探してるんだよ、彼女の姿を。
彼女は別にかわいくもないし美人でもないって言ったけど、毎日彼女の姿を目で追ってると、知らなかった彼女のことがいろいろわかってきて、なんていうか……かわいく見えるんだよ、すごく。
いつの間にか僕にとって、特別な存在というか」
__とくべつ……
その言葉を発した瞬間の朝陽の表情に、私はどきりとした。
かっこいいとかそんなんじゃなくて、上手く言えないけど、私が見たことない、男子の顔。
そしてその「とくべつ」という言葉が、私の胸に冷たい影を落とす。
「わかってるよ、僕がこんなこと言うのは似合わないってことぐらい。
それに、こんな僕だから、話しかけたりすることはないし、連絡先だって聞けないし、告白なんて絶対無理だし。
でも、進展なんてなくてもいいんだ。ただ、彼女を見てるだけで。
会話って呼べなくても、授業中のほんの少しのやり取りで良いんだ。
彼女の声が間近で聞けたら。
「園田君」って、事務的にでも呼んでくれたら」
朝陽の心が高揚していくのが、暗がりの中で分かった。
その部分だけ、ほんわりと暖かな空気を放っているようだから。
「やっぱり僕、彼女のことが、好きなんだ」
私の知らないうちに、朝陽の中で、彼女への想いが育っていた。
そして、私の知らないところで、私の知らない朝陽がどんどん生まれていく。
切なさで苦しそうに顔ゆがめる朝陽に、私の心臓がどくどくとうるさく鐘を鳴らした。
「本田君と朝陽とじゃ、勝負にならないよ」
それが私の、精一杯のアドバイスだった。
彼女を諦めさせようとか、意地悪とか、正直それもちょっとはあったかもしれない。
だって、朝陽の「とくべつ」は、幼馴染みの私でないといけないんだから。
私以外の人との恋愛で傷つくなんて、絶対、イヤ。
他の女子に、この場所は譲れない。
人生の途中から出てきた、一目で恋に落ちた女子になんて。