幼なじみの憂鬱

あの後、聞いてもいないのに、朝陽は彼女とあいつのことを話してくれた。


「僕にはわからないんだ」


朝陽はくぐもった声でそう言った。


「僕には何が何だかわからないんだ。何が起こっているのかもわからないんだ」


頭を抱えて本気で混乱しているような朝陽の声を、私はただ顔をしかめて聞いていた。

また口が半開きになる。

少し顔を上げた朝陽の顔は、月明かりで青白く見えた。


「部活中にさ、あいつ、シュート打ったんだよ」


「ん? うん、サッカー部なんだから、それは当たり前じゃない?」

「違うんだよ。あいつは違うんだよ。

 あいつは絶対シュートを打ったりなんかしない。

 目立つことが嫌いだし。

 あいつは自分の役割をちゃんとわかってるし、わきまえてる。

 あいつはいろんな意味で、シュートを打つポジションじゃないんだよ」 


それは前も聞いたような気がした。

私にはサッカーのことはよくわからない。

あいつのこともよくわからない。

そんな私は、朝陽の話を黙って聞くしかなかった。

朝陽は独り言をつぶやくように、まるで記憶をひとつひとつ取り出すように話し続けた。

「それなのにさ、あいつ、シュート打ったんだよ。

 すっごいスピードで走って、すっごい真剣な顔して、ボール、蹴り上げたんだよ。

 そしたらさ、すっごい気持ちいい音立てて、ボールがゴールネットに入ったんだ。

 アニメで見るような効果音が出たんだよ」


興奮気味に話したかと思うと、朝陽は次の瞬間には萎んでいた。


「そんなあいつは、かっこよかったよ」



__「僕と似ている。だけど、どこか違う。しかも、全然違う」


ふと朝陽の言葉を思い出した。


「そのあとすぐに、あいつ、いなくなったんだ。まだ部活中なのに。

 あいつがいないことに気づいて、気づいたら僕も走りだしてた。

 教室に向かって。なんで教室かはわかんない。

 なんて言うか、直感。嫌な予感ってやつ。

 今まで出したことないスピードで走ったんだ。

 誰もいない廊下をさあ、「かつみー」って、大声で叫びながら。

 ガラでもないのに」


朝陽の口元が、不気味に歪んで見えた。


「やっと教室に着いたところで、あいつが出てきたんだ。

 薄暗くて顔がよく見えなかったけど。

 いつも感じるあいつの空気じゃなかった。

 「顔洗ってくる」って、あいつはいなくなった。

 なんで教室に来て顔洗うようなことがあるんだよ。

 それで教室の中をのぞいたら、僕の予想通り、彼女がいたんだ。

 たった一人で。こうやって……」


そう言いながら、朝陽は自分の両手をじっと見つめる仕草をした。


「教室に男女二人きり。

 二人の様子を見れば、恋愛経験のない僕にだって、何が起こったのか何となくわかるよ」


思わずごくりとのどが鳴る。

朝陽が想像するその「何か」を、私も想像する。


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