幼なじみの憂鬱
「それとも、彼女が好きになった相手が、あいつだからかな」
__朝陽と似ていて、朝陽とどこか違う、しかも全然違う、「あいつ」……だから。
「凪咲だったらどうする?」
不意に朝陽が聞いた。
「好きな人に、他に好きな人がいたら、凪咲だったらどうする?」
穏やかで優しくて弱々しい朝陽の笑顔が、月明かりの下で切なく、寂しげに映る。
「……私は……」
小さく放たれた私の声は、ヒューッと音を立てた風に連れ去られていく。
まるで、その続きを言わせまいと、意地悪しているみたいに。
だから朝陽は、
「なんか寒くなってきたね」
そう言って両手で体をさすりながら立ち上がった。
「凪咲ももう中入りなよ。風邪ひくよ」
そうして私に背中を向けた。
その背中を、私はじっと目で追った。
__朝陽。
その名前を呼びたいのに、呼び止めたいのに、声が出なかった。
喉がぐっと締め付けられて、声が出てこない。
体が震えて、勝手に歯がカタカタと鳴った。
喉元から込み上げるものが鼻の方に向かって、情けなくたらたらと流れ出てくる。
鼻が詰まって、息が吸えない。
濡れた目元が、風に痛い。
「じゃあ、おやすみ」
朝陽の頼りない背中がドアの向こうに消えようとしている。
その背中を追いかけるように、私も立ち上がる。
声にならないのに、心の声ばかりがあふれ出がる。
__私には、朝陽しかいない。
朝陽じゃなきゃ、ダメなんだ。
イケメンじゃなくていい。
地味でもいい。
優しい爽やか王子様じゃなくてもいい。
頼もしいワイルドな俺様じゃなくてもいい。
もう、幼馴染みじゃなくてもいい。
ただのお隣さんでもいい。
他に好きな人がいてもいい。
諦められなくてもいい。
私の「とくべつ」は、今も、朝陽だけ。