やわく、制服で隠して。
「棗…、深春…。あの子の娘だったのね。」

「あの子…?」

自分でも驚くほど声が揺れている。
部屋の冷房はつけていない。
昨日の夜から開けたままの窓からは生ぬるい風が流れて入ってきて、カーテンを揺らしている。

背中からはじわじわと汗が滲むのに、寒気を感じる。
足の先から嫌な物が這い上がってくるような感覚。
気持ち悪い。気持ち悪くて怖くて、これ以上ママの言葉を聞いていたくないのに、金縛りにあったみたいに体が動かない。

ママがクスクスと笑い出した。
可笑しそうに、けれど目が全然笑っていない。
口角だけが上がっている。この表情をどこかで見たことがある。

私を襲おうとした元カレか、元カレを切り付けようとカッターナイフを振りかざした深春か、
私を襲わせようとしたカホか。

はっきりとしない記憶を上塗りして黒く染めていくように、ママの表情が私の思考をいっぱいにしていく。

「はッ…ははは!あの子の娘だったなんて傑作!アンタ、本当は知ってたんじゃないの?」

「しッ…知らないってば。私だって深春のお母さんには昨日初めて会って、それで…。」

「それで?」

「私はママ似だよねとか、ママの旧姓は知ってる?とか、年齢とか聞かれて!」

「答えたの?」

「え?」

「全部、馬鹿正直に答えたの?」

「だって何がやましいの!?友達のお母さんに本当のことを言って何がやましいの!?」

バンッと、ママが部屋のドアを叩いた。
激しく揺れたドアは、しだいにゆっくりと静止した。
ドアが外れなかったことが不思議なくらい、凄い音がした。

「それで…、あの子の娘とアンタが偶然同じ学校に入って、同じクラスになって、まふゆはその子が好きだって?」

「…。」

「さすが、あの子の娘ね。遺伝子って怖いわ。」

「マ、マ…?」

「まふゆ、それって本当に偶然?」

「そんなこと私だって分かんないよ。私は入学するまで深春のことは知らなかったよ!ねぇ、ママ一体どうしちゃったの?何がいけないの?」

ママの目はうつろで、もう私のことなんて見ていない。
何がどうなっているのか分からない。

「まふゆ。」

「なに…。」

「退学か、編入しなさい。」

思いっきり殴られたような感覚。
言葉の意味は、はっきりと分かるのに、私と深春をどうしても引き離したいママの言葉が鋭く私の心臓を抉る。

ママの言葉を理解したくないと、私の細胞が叫んでいるみたいだった。
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