やわく、制服で隠して。
「優しかったわ。“興味の無い”優しさだった。今思えば、だけど。本当はそこまで私に関心が無いから、ずっと優しくできたんだと思う。その頃に気付けていれば良かったのに。棗くんの計画に。」

「そう…だね。」

「あなたを妊娠したと分かった時、堕ろす気なんてちっとも無かった。絶対に産む。妊娠してようやく棗くんを本当に手に入れられた気がしたの。」

「…。」

「そうはならなかった…。私はあっさり捨てられて、その時は三ヶ月目に入ったばかりだったから中絶することも出来たけど、中絶だけはしたくなかった。」

「そのまま産んでも…“棗くん”は戻ってこないのに?全部仕組まれた罠だったのに?“あの女”の為にママは人生を滅茶苦茶にされたんだよ!?一番大好きだった人に、一番憎かった人の為に!なのになんで、自分自身のことも差し出しちゃったの!?」

「まふゆ。」

ママが、私の手に触れた。
いつぶりだろう。
ママの体温を感じた。

何度も飲み込んで耐えてきた涙がスッと流れた。
ママは優しい目をしている。
母親の…、ううん。
一人の女性としての、やっと吹っ切れたような、解放されたような。
諦めてしまったような…、そんな目だった。

「まふゆ。ごめんね。ママはね、あなたのことが大切だった。本当に、大切だった。」

「うん。」

「大切だったの。あの人への…、“切り札”として。」

「…うん。」

「あなたさえ居れば、いつか棗くんと再会した時も繋ぎ止めておける。再会してちょっとしてから、棗くんの奥さんがあの女だったこと、深春ちゃんが二人の娘だったこと。あなたに妹が居たこと…。それから棗くんの本当の計画を知った時。あの人達を心の底から憎んで恨んで責めることは出来ないって気付いたの。」

「なんで…。」

「私も同じだったから。」

「同じ?」

「まふゆを愛していた。棗くんとの子どもだから。棗くんが唯一残してくれた物だから。パパのことも大切だったわ。でも正直、愛情なのか何なのか、もう分からなくなってた。まふゆへの感情に正直になった時にね、あぁ、私も同罪だ、あの人達と“おんなじ人間”なんだって気付いたの。」

「あの人達を抜きにして、私のことだけでは愛せなかった?」

「ごめんね。分からない。」

「…そう。」

次々と流れてくる私の涙を、ママは拭ってはくれなかった。
小さい子どもの頃みたいに抱き締めて、涙を拭いて慰めてはくれなかった。

「パパには黙っていたい。本当のことを知ったこと。いつかは話さなきゃいけないと思うけど、今は出来ない…。」

「分かった。でもね、まふゆ。」

「うん。」

「ママ、しばらく実家に帰ろうと思うの。」

「しばらくって?」

「分からない。」

「…そっか。分かった。話が出来て良かった。ありがとう、ママ。」

ママが私の手を離した。
迷子になっても、怪我をしても、泣きじゃくってママを呼んでも、ママはもう私を見つけてはくれない。

親子なのに。
私とママは間違いなく親子なのに。

十六年間。私達家族の時間は何だったのだろう。
とびっきり酷いことをした男よりも、私は選ばれなかった。
この長い時間、たった一人を愛し続けて、本当に守るべき家族が壊れてしまっても。

ママは加害者で、被害者だ。
自分がどちらに含まれるのか、私にはもう分からない。

家族を失くした。
それだけが事実だ。
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