やわく、制服で隠して。
十月。
体育祭が行われた。高校生になって初めてで、最後の体育祭。

元々そういう行事にやる気が無い私は、クラス対抗の綱引きにしか出場しない。
全員でやるから気が楽だった。

深春は一学期の最初の頃にあった体力テストの短距離走のタイムが上位だったから、リレーの選手に選ばれた。花形だ。

放送部がプロみたいな熱いアナウンスで種目を盛り上げる。
応援合戦での応援団は、各学年の人気者を寄せ集めたみたいな集団だった。

“続いての種目は綱引きです。出場者は入場ゲートへ集合してください。”


私と深春も一旦入場ゲートに集合して、点呼が終わってから、わちゃわちゃした喧騒の中、二人でそっと列を抜け出した。

私の後ろに立っていた女子に「どうしたの?」って声をかけられたけれど「ちょっとお腹痛いかも。」って言ったら、女子は心配そうに見送ってくれた。

列をそれて、小走りだった私達は途中から全力疾走だ。
賑やかな運動場を抜けて、体育館と運動場の間にある体育倉庫に駆け込んだ。

古い木の引き戸を閉めて、積んであるマットに倒れ込んだ。
二人とも息が荒い。
今のタイムならリレーの選手にもなれたかもしれない。

深春が私に覆い被さる。短いキスを繰り返す。

「ちょ…待って、みはる…深春!苦しい!」

まだ息が整っていない私はハァハァと肩で呼吸を繰り返した。
深春の息だってまだ荒いのに、余裕そうな表情だった。

「私達ってかくれんぼの天才だね!」

深春もマットに寝転んで、私の腕に抱きついた。

「ね。大人って案外簡単に騙せるんだね。」

「まふゆ、わるーい。言い方にトゲがあるー!」

クスクス笑って、引き戸の向こうで足音が聞こえたから私達はピタッと止まった。
足音はすぐに遠ざかっていって、またクスクス笑った。

「まふゆ。学校ってこんなに刺激的なことがいっぱいあるんだね。」

「ね。毎日こんなにスリリングならもう少し通学しても良かったかも。」

「…うちのクラス、現状二位だって。」

「うん。二人分の力が足りないもんね。」

運動場から聞こえてくるアナウンスを聞きながら、私達は目を閉じた。
違う世界から聞こえてくるみたいだ。
私と深春だけが違う空間に飛ばされたみたい。

落ち着いた深春の呼吸音は心地いい。

「深春、眠っちゃ駄目だよ。」

「うん。」

本当に眠ってしまいそうな深春の額を撫でる。
目を閉じたまま、深春は私に擦り寄った。

遠くからアナウンスが流れてくる。
私のクラスは三位、ビリになった。

何事も無かったみたいにクラスのテント下に戻った私達に、誰も何も言わなかった。
本当に気付かれていないのかもしれないし、どうでも良かったのかもしれない。

入場ゲートでどうしたの?って声をかけてくれた女子だけが、また私に大丈夫?って言った。
ごめんねって答えたら、女子は不思議そうな顔をした。

斜め前に体操座りしている深春の体操服の背中が少しグレーっぽく汚れている。
寝転んだマットが汚かったのだろう。
私の背中も同じように汚れているんだろうな。
その汚れさえも愛おしかった。
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