やわく、制服で隠して。
「深春、凄い!凄いよ!」

「でしょ。」

クラスメイトから口々に「羨ましいー!」って言われた。
全部深春がしてくれたことだけど、私は誇らしかった。

各企業から、事前に準備しておく物や、当日の集合場所が書かれたプリントがそれぞれに配られて、当日、生徒はそれにそって行動することになる。

持ってくる物は、筆記用具、メモ帳、飲み物。
集合場所は施設一階、中央ゲート。
シンプルで簡単。最高だ。

当日。
他の企業は募集人数が多い所もあったけれど、私が行く商業施設は、全クラスで9人だけだった。
それも、女子ばかり。
特に班分けもされていなくて、全員が一塊りになって行動した。

どこかのショップにでも入って、販売を体験するのかと思っていたけれど、そうじゃなかった。

私達が体験したのは、商業施設の経営のほう。
営業部長だと名乗る男性が、商業施設の親会社の歴史や、この大きなビルの中で、どうやって円滑に営業していくか、一日、年間のお客様の流れなんかを話した。

営業部長の後について、施設のメインとなるフロアをぐるっと見て回ったり、客は立ち入り禁止の部屋を見せてもらったり、活動したことと言えばそれくらいで、あとは話を聞いていたくらいだ。

十四時過ぎ。
大人にならないと決めた私達の、初めてで最後の“大人体験”は、あっさりと幕を閉じた。

現地解散。
他のクラスの女子達は、終わるのも早かったし労働も無いし、ラッキーだったって喜びながら、それぞれに散らばっていった。

あの施設を動かす為に、どれだけの大人が関わって、どんな大変な思いをしながら働いてくれているのか、今日の体験で理解出来たかと問われれば、正直分からない。

私と深春は、大人にはならない。
これから先も理解出来ることは無いけれど、苦しさもある生活の中に、どうにか好きなことや楽しいこと、生き甲斐を見つけながら生きていくと決めた人達は、凄いなって思った。

後日。
学活の時間に職場体験の感想文を書いた。
学校って本当に作文や感想文、反省文が好きだなぁなんて思う。

「大人は大変だと思った。沢山の人が苦労して、嫌な思いもしながら、私達の楽しい時間を作ってくれていたんだと分かった。私は大人じゃないから、大人の苦労は分かりません。今の私が大人だったら良かったのに。」

そう書いた感想文は、お咎めも何も無かった。
それどころか、事実だけじゃなくて心情まで書けている、楠さんにしては良く出来ているって、褒めているのかどうか分からない言葉を、担任は私にかけた。

感想文の全部が“過去形”なことには、気付かれなかった。
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