やわく、制服で隠して。
ポケットから“ある物”を取り出した。
高校入学のお祝いで、ママに買ってもらったあのチークだ。
日記帳のページを適当に開いて、空白のページに指ですくったチークを何度も何度も塗りつけて、桜の花びらを描いた。
深春が「そのチーク、ローズなんでしょ?」って言って、私も笑った。
チークを何度か重ねて赤くなった人差し指の腹を、制服のスカートで拭った。
全然取れないけれど、どうでも良かった。
残りのチークを日記帳の表紙の上に乗せて、私は立ち上がった。
深春と目を見合わせる。頷きあって、キスをする。
お別れと、また出逢えるようにおまじない。
二人でフェンスの金網に手を掛けた。
カシャン、と音が鳴る。
金網一つ一つの穴は小さくて登りにくいけれど、何とか上靴の先をねじ込んで登っていく。
私達はフェンスの向こう側に降り立った。
隔てる物が何も無い。
開放的で、皮肉なことに死ぬ直前になって、ようやく私達は自由を勝ち取った。
少し身を乗り出して見てみたけれど、案の定運動場には誰も居ない。
深春に出会ってからの約一年。
この出会いは多分、悲劇だった。
それでも私は幸せだった。
仕組まれていたとしても、深春に出会えたから、私は本当の恋をした。
今、死を直前にして思い出すことは、深春と過ごした一年間のことばかりだ。
「運命じゃなかったのかな。」
「え?」
「私と深春が出会ったことは運命じゃなかったのかな。このまま生き続けても、誰が私と深春の命を許してくれたんだろうね。それにさ、これが運命だったのなら、この先もずっと一緒に生きていく道を選んだのかな。」
「一緒に死ぬ約束なんて、決意なんて、運命じゃなきゃ出来ないよ。」
「そう?」
「そうだよ。一緒に生きていく強さの運命も欲しかったけど。この弱さも運命だよ。」
「うん。」
そうだねって私は呟いて、スカートの左のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
入学式の日、深春に貰った桜の花びらを挟んだ生徒手帳の、一ページ。
時間が経って、花びらはこびりつくようにくっついて、もう綺麗には剥がれない。
鮮明に思い出せる。
あの日の深春。冷たそうな目の奥に惹かれたこと。
あぁ、今なら分かる。
私はきっとこの子のことを好きになるって、最初からもう分かっていたんだ。
姉妹だからじゃない。
一人の女性として。
私は一世一代の、本当の恋をした。
生徒手帳の、その一ページを風に乗せた。
フェンスのあっち側より強い風が吹いていて、桜の一ページは簡単に風で飛ばされていった。
その舞を見届けながら、タイムリミット、というみたいに、深春が一段上に一歩、踏み出した。
高校入学のお祝いで、ママに買ってもらったあのチークだ。
日記帳のページを適当に開いて、空白のページに指ですくったチークを何度も何度も塗りつけて、桜の花びらを描いた。
深春が「そのチーク、ローズなんでしょ?」って言って、私も笑った。
チークを何度か重ねて赤くなった人差し指の腹を、制服のスカートで拭った。
全然取れないけれど、どうでも良かった。
残りのチークを日記帳の表紙の上に乗せて、私は立ち上がった。
深春と目を見合わせる。頷きあって、キスをする。
お別れと、また出逢えるようにおまじない。
二人でフェンスの金網に手を掛けた。
カシャン、と音が鳴る。
金網一つ一つの穴は小さくて登りにくいけれど、何とか上靴の先をねじ込んで登っていく。
私達はフェンスの向こう側に降り立った。
隔てる物が何も無い。
開放的で、皮肉なことに死ぬ直前になって、ようやく私達は自由を勝ち取った。
少し身を乗り出して見てみたけれど、案の定運動場には誰も居ない。
深春に出会ってからの約一年。
この出会いは多分、悲劇だった。
それでも私は幸せだった。
仕組まれていたとしても、深春に出会えたから、私は本当の恋をした。
今、死を直前にして思い出すことは、深春と過ごした一年間のことばかりだ。
「運命じゃなかったのかな。」
「え?」
「私と深春が出会ったことは運命じゃなかったのかな。このまま生き続けても、誰が私と深春の命を許してくれたんだろうね。それにさ、これが運命だったのなら、この先もずっと一緒に生きていく道を選んだのかな。」
「一緒に死ぬ約束なんて、決意なんて、運命じゃなきゃ出来ないよ。」
「そう?」
「そうだよ。一緒に生きていく強さの運命も欲しかったけど。この弱さも運命だよ。」
「うん。」
そうだねって私は呟いて、スカートの左のポケットから一枚の紙切れを取り出した。
入学式の日、深春に貰った桜の花びらを挟んだ生徒手帳の、一ページ。
時間が経って、花びらはこびりつくようにくっついて、もう綺麗には剥がれない。
鮮明に思い出せる。
あの日の深春。冷たそうな目の奥に惹かれたこと。
あぁ、今なら分かる。
私はきっとこの子のことを好きになるって、最初からもう分かっていたんだ。
姉妹だからじゃない。
一人の女性として。
私は一世一代の、本当の恋をした。
生徒手帳の、その一ページを風に乗せた。
フェンスのあっち側より強い風が吹いていて、桜の一ページは簡単に風で飛ばされていった。
その舞を見届けながら、タイムリミット、というみたいに、深春が一段上に一歩、踏み出した。