やわく、制服で隠して。
「なつめ?」
深春が制服のスカートのポケットから、くしゃくしゃになった紙切れを取り出した。
入学式のパイプ椅子の番号が書かれていた、あの番号札だ。
「ペン、貸して。」
深春に言われて、鞄の中の筆箱からボールペンを取り出して、深春に渡した。
深春がサラサラと文字を書く。
“棗”と書かれた紙を、スッと机の上に置いた深春の指はやっぱり綺麗だ。
「私の名字。そう言えばまだ言ってなかったなって。」
「うん。式の時、思ってた。」
「やっぱり。私の椅子の位置、探してるなって思ってた。」
深春がクスクスと可笑そうに笑った。
笑うと伏し目がちになって、下から見た深春のまつ毛は長い。
どれを取っても精巧に作られたお人形みたいだった。
一つ一つのパーツにお金をかけられたみたいって言ったら何だか俗だけど、私と深春が本当にお人形だったなら、私達の製造ラインはきっと全く違うだろう。
「綺麗。」
「え?…あぁ、親がね。字には厳しいの。」
深春が自分で書いた文字を、指先でなぞる。
違うよ。綺麗だって言ったのは、深春のことだよって、私は言えなかった。
言っても良かったし、全然悪いことなんかじゃないのに、深春への、自分の中のよく分からない感情を認めて言葉にしてしまったら、もう元には戻れなくなる気がした。
その気持ちを振り払うように、私は首を振って言った。
「なつめ、みはる。」
「うん。」
「私は…」
「くすのき。楠まふゆ。」
「知ってたの?」
深春がまたクスクス笑いながら、机の上の小さなピラミッドを指差した。
「あぁ、そうだった。」
一緒に笑った私に、深春が言った。
「やっぱり似てるね。私達の名前。」
「まふゆと深春?」
「名字も。どっちも植物の名前だよ。」
「棗って、植物なんだ。」
なつめちゃん、とかって名前の女の子はよく聞くけれど、私は知識が浅いから、“棗”が植物だって知らなかった。
「うん。棗は五月から七月くらいに花が咲いて、八月頃に実がなるんだよ。楠は五月から六月くらいかな。花は白。十月から十一月頃に実がなるの。花は白いのに、実は黒と紫みたいな間。」
「花は白いのに。」
「そう。恋みたいだよね。」
「恋?」
見上げた深春は目を細めて、だけど少しだけ微笑んでいるように見えた。
「せっかく実っても次は不安とか焦りとか悲しさとかも増えて、どんどん色や形を変えてしまうでしょ。」
「んー。でも植物ってそういう物だから。それに棗だって、きっとそうでしょ?」
「棗はね、花も実も緑色なの。…まぁ、熟してきたら赤茶色っぽくなるんだけどね。」
「へぇ。じゃあ棗のほうが恋みたいじゃん。」
「どうして?」
「熟したら赤になるなんて。ロマンチックね。」
「ふーん。まふゆって、そういうタイプなんだ。」
「別に…。そんなんじゃ…。」
茶化すような深春の目。その目を直視できなくて私は俯いていた。
深春は、恋をしたらどんな風になるんだろう。
今の深春からは想像できないくらい、もっともっとって相手を求めてドロドロしちゃうのかな。
綺麗な赤色になって、愛情深く、白い心のまま愛し続けるのかな。
「私達、二人の中で春夏秋冬が全部あるね。」
落ち着いた深春の声に、顔をあげた。
慈しむような、ようやく名前に似合う温かい目。
「春になって、夏頃に一緒に花が咲いて、秋頃に実をつける。まふゆが冬を連れてくるけれど、またすぐに春が来る。」
深春のその一言一言が予言のように、呪文のように少しずつ私の感情を支配していくのが分かった。
戻れなくなるって、さっきよりも強く思った。
感じたことのない感情が胸の奥から溢れてくるような感覚。
友達?…きっと違う。
知りたくない。解ってしまうことが怖い。
だってそうしたら。この感情を認めてしまったら…。
それってたぶん、イケナイことだから。
深春が制服のスカートのポケットから、くしゃくしゃになった紙切れを取り出した。
入学式のパイプ椅子の番号が書かれていた、あの番号札だ。
「ペン、貸して。」
深春に言われて、鞄の中の筆箱からボールペンを取り出して、深春に渡した。
深春がサラサラと文字を書く。
“棗”と書かれた紙を、スッと机の上に置いた深春の指はやっぱり綺麗だ。
「私の名字。そう言えばまだ言ってなかったなって。」
「うん。式の時、思ってた。」
「やっぱり。私の椅子の位置、探してるなって思ってた。」
深春がクスクスと可笑そうに笑った。
笑うと伏し目がちになって、下から見た深春のまつ毛は長い。
どれを取っても精巧に作られたお人形みたいだった。
一つ一つのパーツにお金をかけられたみたいって言ったら何だか俗だけど、私と深春が本当にお人形だったなら、私達の製造ラインはきっと全く違うだろう。
「綺麗。」
「え?…あぁ、親がね。字には厳しいの。」
深春が自分で書いた文字を、指先でなぞる。
違うよ。綺麗だって言ったのは、深春のことだよって、私は言えなかった。
言っても良かったし、全然悪いことなんかじゃないのに、深春への、自分の中のよく分からない感情を認めて言葉にしてしまったら、もう元には戻れなくなる気がした。
その気持ちを振り払うように、私は首を振って言った。
「なつめ、みはる。」
「うん。」
「私は…」
「くすのき。楠まふゆ。」
「知ってたの?」
深春がまたクスクス笑いながら、机の上の小さなピラミッドを指差した。
「あぁ、そうだった。」
一緒に笑った私に、深春が言った。
「やっぱり似てるね。私達の名前。」
「まふゆと深春?」
「名字も。どっちも植物の名前だよ。」
「棗って、植物なんだ。」
なつめちゃん、とかって名前の女の子はよく聞くけれど、私は知識が浅いから、“棗”が植物だって知らなかった。
「うん。棗は五月から七月くらいに花が咲いて、八月頃に実がなるんだよ。楠は五月から六月くらいかな。花は白。十月から十一月頃に実がなるの。花は白いのに、実は黒と紫みたいな間。」
「花は白いのに。」
「そう。恋みたいだよね。」
「恋?」
見上げた深春は目を細めて、だけど少しだけ微笑んでいるように見えた。
「せっかく実っても次は不安とか焦りとか悲しさとかも増えて、どんどん色や形を変えてしまうでしょ。」
「んー。でも植物ってそういう物だから。それに棗だって、きっとそうでしょ?」
「棗はね、花も実も緑色なの。…まぁ、熟してきたら赤茶色っぽくなるんだけどね。」
「へぇ。じゃあ棗のほうが恋みたいじゃん。」
「どうして?」
「熟したら赤になるなんて。ロマンチックね。」
「ふーん。まふゆって、そういうタイプなんだ。」
「別に…。そんなんじゃ…。」
茶化すような深春の目。その目を直視できなくて私は俯いていた。
深春は、恋をしたらどんな風になるんだろう。
今の深春からは想像できないくらい、もっともっとって相手を求めてドロドロしちゃうのかな。
綺麗な赤色になって、愛情深く、白い心のまま愛し続けるのかな。
「私達、二人の中で春夏秋冬が全部あるね。」
落ち着いた深春の声に、顔をあげた。
慈しむような、ようやく名前に似合う温かい目。
「春になって、夏頃に一緒に花が咲いて、秋頃に実をつける。まふゆが冬を連れてくるけれど、またすぐに春が来る。」
深春のその一言一言が予言のように、呪文のように少しずつ私の感情を支配していくのが分かった。
戻れなくなるって、さっきよりも強く思った。
感じたことのない感情が胸の奥から溢れてくるような感覚。
友達?…きっと違う。
知りたくない。解ってしまうことが怖い。
だってそうしたら。この感情を認めてしまったら…。
それってたぶん、イケナイことだから。