やわく、制服で隠して。
「ママ…ただいッ…」

バシッ…と、言い終わる前に、乾いた音が鳴った。

リビングに入る一歩手前。
ママはソファやダイニングチェアに座るでもなく、リビングを行ったり来たりしていた。

玄関に上がって、リビングを覗いた私が声を出した瞬間だった。
ママは大股で近付いてきて、手を振り上げた。

思い切り叩かれた頬に、熱と痛みがじんわり広がっていく。
けれどそんなことはどうでも良かった。
心のほうがもっと痛かった。

「いい加減にしなさいよアンタは!何なのよ!何度も何度も親をおちょくって!ふざけるんじゃないわよ!」

ママが私の髪の毛を掴んで、横に思い切り力をかけた。
私の体はよろめいて、フローリングの床に体勢を崩した。

興奮していたママは私を見下ろしながら、スッと熱が引いたみたいに、壊れた機械のような口調で言葉を並べた。

「担任の先生から電話があった。体調は大丈夫ですかって。何のことかと聞けばアンタ、腹痛で家を出れないとか言って野外学習に行かなかったんだってね。その格好は何。その荷物は何。アンタ初めから騙すつもりで家を出ていったんだろ。どういうつもりなんだよ。一緒に居たのはあの子?それとも何?あの子がアンタをおかしくさせてんの?」

「深春は悪くない!」

淡々と言葉を並べるママを遮った。ママは目を見開いて、私と同じ目線の高さまでしゃがんだ。

「深春は悪くない。私が深春と一緒に居たかっただけ。」

「どっちのほうが悪いかなんてどうだっていいの。何をしたか分かってるの?大人を騙して、私に恥をかかせて。そんなに私が憎いの?」

「憎んでるのはママのほうじゃない!」

バシッとまた頬を叩かれて、それでも私は泣かなかった。
いや、泣かないように必死だった。くちびるを噛み締めて、耐えた。
微かに血の味がした。

「私のことが嫌いで憎んでるのはママでしょ?元カレとのことがあってから私を避けてるのも、汚い物を見るような目をしてるのもママでしょ?」

「まふゆ。アンタってズルい子ね?」

「ズルい?」

「何、被害者ぶってんのよ。ぜーんぶまふゆがやってきたことでしょう?必死で育ててきた娘に裏切られる母親の気持ちが分かる?大事に大事に育ててきたのに陰でコソコソ気持ち悪いことやって。大人を騙してルールも守れない。そんな子の何を信用しろって言うのよ?」

ママは私を蔑むように、嘲笑うみたいに言った。
もうほんの少しの愛情も残っていないことが分かった。
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