やわく、制服で隠して。
「私、深春と付き合ってる。」

「…どういう意味?」

「そのままの意味だよ。私と深春は友達なんかじゃなくて、恋人同士なの。」

ママは、ダイニングテーブルの上のグラスを手に取った。
口元まで持っていったのに、飲まないままグラスをテーブルに戻した。

カタカタっと音がした。ママの手が震えているのかもしれない。
それはママの、目に見える怒りだった。

「また…おちょくってるの…。」

「本気だよ。」

「そんなわけ…じゃあ何?あの男はカモフラージュ?」

「違う。元カレだってちゃんと付き合ってるつもりだった。イケナイことなんだって知らなかっただけ。でも深春は違う。本当に心から好きだし、それに深春を好きになるのは悪いことじゃないでしょ?」

テーブルの上に置いてあった雑誌とか新聞の広告、グラスがさっきよりも大きな音を立てて床に落下した。

ママの腕が車のワイパーみたいに物を振り落として、テーブルの上に乗っていた物達が綺麗に無くなって、床はめちゃくちゃになった。

「ねぇ、どうして?男の人にあんな目に遭わされたから?家庭教師をつけて、あの男に出会わせたママへの当てつけ?どうして普通にしてくれないのよ!」

「あの男と付き合ったのは私が甘かったからだしママのせいじゃないよ。当てつけでもなんでも無くて、私は本当に深春のことが好きなの。深春だって私のこと大切だって思ってくれてる。ちゃんとした恋愛なの…。」

「何言ってるのよアンタは!高校生になってまふゆはどんどん変になっていく!自分の娘が性犯罪まがいのことに遭ったり、学校でも注意ばっかりされて挙句に同性愛者!?まふゆ…、アンタは一人で生きてるつもりなの?」

「一人で生きてる?」

「なんでもっと家族のことが考えられないの?アンタのこと恥ずかしくて近所の人にもおばあちゃんやおじいちゃんにも話せないよ!」

ママはしゃがみ込んで頭を抱えた。
髪の毛を掻きむしる。そうしていないと、もうこれ以上自分を保てないみたいに。
これでも必死で保っているつもりのママの姿が悲しかった。

「誰かに話す必要もないじゃん…。」

「何、言ってるの?」

「私のことなんて誰かに言う必要ある?近所の人になんて関係無いことだし、おじいちゃんやおばあちゃんにも黙ってればいい。私は、ママとパパさえ分かってくれたら…。」

「だからアンタは…自分さえ良ければいいって言うのよ。」

「そんなこと…。」

「ママとパパの気持ちなんてどうでもいい。自分の我儘さえ突き通せればそれでいいって言うんでしょ!?まふゆのおかしな行動で家族がめちゃくちゃになっても!」

「なんで深春を好きなことがそんなに悪いことになるの?同性を好きになる気持ちは犯罪でもなんでも無いじゃない。私が一人で生きてるとか、家族をめちゃくちゃにしてるとか言うけど、ママだって私の話なんて落ち着いて聞いてくれなかったし、パパのことだって蔑ろにしてるじゃん!ヒステリー起こして修復させてくれないのはママのほうだよ!」

「二人とも!やめなさい!」

言い争っていてまったく気付いていなかった。
いつの間にか仕事から帰ってきていて、リビングに飛び込んできたパパが、私の肩を後ろからさすった。

「まふゆ、大丈夫か?二人とも、声が外まで漏れてたぞ。一体…何やってるんだ。」
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