やわく、制服で隠して。
時間はあっという間に過ぎるけれど、過去がチャラになるわけじゃない。
私の“今”も無くなりはしないし、もしかしたら過去にはもっと、後悔して、傷つけてきた人が居るのかもしれない。
それって、過去は消えないのに私の中からは消えているってことで、私の言動で今も苦しんでいる人が居るかもしれないのに、酷い人間だよなって思った。
そんなことを一つ一つ思い続けていたらキリが無いのかもしれないけれど、今までの自分の行いを全て突きつけられたらどれくらいの罪になるのか、考えたら怖くなる。
「まふゆ、そろそろ行くぞ。」
部屋のドアの向こうからパパが呼びかける。
今日は土曜日。深春の家に謝罪しに行くと約束した日だ。
ドアを開けて、パパが顔を覗かせる。
「制服にしたのか。」
「うん。こういう時のちゃんとした服、あんまり持ってないし。パパもスーツなんだね。」
「パパも…まぁ、スーツが一番ちゃんとしてるしな。」
顔を見合わせて笑う。パパと私のこういうところ、よく似ている。
制服のリボンはやっぱり結ばなかった。
“正装”じゃなくなるからちゃんとしていないかもしれないけれど、それだけはまだ、どうしても無理だった。
「行こうか。」
「うん。」
二人で階段を下りて、靴を履いて家を出る。
私はいつものローファー。パパも革靴だった。
「ママは?」
「まだ寝てるよ。」
「そっか。」
もう十時を回っている。今までのママだったらとっくに起きているし、休みだからっていつまで寝てるのって、私とパパが叩き起こされていた。
パパに、リビングで見たママの薬の話はしなかった。
私がしなくても知っているだろうし、悲しい話はしたくなかった。
さすがに暑いなぁって言いながら、パパはスーツのジャケットを脱いで腕に掛けて持った。
下のシャツも夏物だとは思うけれど長袖で、最近の、仕事に行く時はシャツは半袖になっていたと思うから、“ちゃんとする”為に、無理をさせていてごめんねって思った。
深春の家の玄関の前に着いて、パパはもう一度ジャケットを着直した。
ハンカチで額の汗をぬぐって、ふぅーと、深く呼吸をしている。
パパがインターホンを押した。
「はい。」
数秒後、聞こえてきたのは深春のお父さんの声だ。
「ご無沙汰してます。楠木です。」
「はい。お待ちしておりました。」
プツッとインターホンの切れる音がして、少ししてから玄関が開いた。
「わざわざお越し頂いてすみません。」
「この度は大変なご迷惑をお掛けし…度々本当に申し訳ございません。」
パパが頭を下げて、私も同じようにした。
「楠木さん。ここではアレですから、上がってください。頭をお上げください。」
パパがすみませんと言いながら頭を上げて、またハンカチで額の汗をぬぐった。
パパにこんなことをさせてしまっている自分が本当に情けなかった。
「まふゆちゃん、久しぶりだね。さ、上がって。」
おじさんは何事も無かったような笑顔で私に手招きをした。
本当はもっと私を叱っていいことなのに、不思議なくらい、おじさんはずっと穏やかな笑顔をしている。
リビングに通されると、深春と、深春のお母さんが居た。
深春のお母さんには初めて会う。
野外学習の日、初めて入った深春の家。あの日は二人きりだった。
その時には居なかった人が居るだけで違う家のリビングに見える。
この家族が居ることが当たり前で、これが本当の姿なのに。
「初めまして。まふゆです。」
「まふゆちゃん。深春から話はよく聞いていたのよ。立ちっぱなしもなんだから座って。お父様も、どうぞ。」
私の家みたいに、深春の家のリビングもテレビが置いている側に大きなソファがあって、ダイニングには食卓用のテーブルとチェアが置いてある。
食卓用のテーブルのほうに座るのかなって思っていたけれど、通されたのはソファのほうだった。
大事な話をする時ってなんとなく、寛げるソファには座らないイメージだったから少し驚いた。
ドラマの見過ぎかもしれない。
深春は私を見て、いつもより多めに瞬きをしたけれど、何も言わなかった。
私も空気を読んで何も言わなかった。
深春の家族がベランダの窓を背にしてソファに座って、その向かい側に私とパパは立って、もう一度頭を下げた。
私の“今”も無くなりはしないし、もしかしたら過去にはもっと、後悔して、傷つけてきた人が居るのかもしれない。
それって、過去は消えないのに私の中からは消えているってことで、私の言動で今も苦しんでいる人が居るかもしれないのに、酷い人間だよなって思った。
そんなことを一つ一つ思い続けていたらキリが無いのかもしれないけれど、今までの自分の行いを全て突きつけられたらどれくらいの罪になるのか、考えたら怖くなる。
「まふゆ、そろそろ行くぞ。」
部屋のドアの向こうからパパが呼びかける。
今日は土曜日。深春の家に謝罪しに行くと約束した日だ。
ドアを開けて、パパが顔を覗かせる。
「制服にしたのか。」
「うん。こういう時のちゃんとした服、あんまり持ってないし。パパもスーツなんだね。」
「パパも…まぁ、スーツが一番ちゃんとしてるしな。」
顔を見合わせて笑う。パパと私のこういうところ、よく似ている。
制服のリボンはやっぱり結ばなかった。
“正装”じゃなくなるからちゃんとしていないかもしれないけれど、それだけはまだ、どうしても無理だった。
「行こうか。」
「うん。」
二人で階段を下りて、靴を履いて家を出る。
私はいつものローファー。パパも革靴だった。
「ママは?」
「まだ寝てるよ。」
「そっか。」
もう十時を回っている。今までのママだったらとっくに起きているし、休みだからっていつまで寝てるのって、私とパパが叩き起こされていた。
パパに、リビングで見たママの薬の話はしなかった。
私がしなくても知っているだろうし、悲しい話はしたくなかった。
さすがに暑いなぁって言いながら、パパはスーツのジャケットを脱いで腕に掛けて持った。
下のシャツも夏物だとは思うけれど長袖で、最近の、仕事に行く時はシャツは半袖になっていたと思うから、“ちゃんとする”為に、無理をさせていてごめんねって思った。
深春の家の玄関の前に着いて、パパはもう一度ジャケットを着直した。
ハンカチで額の汗をぬぐって、ふぅーと、深く呼吸をしている。
パパがインターホンを押した。
「はい。」
数秒後、聞こえてきたのは深春のお父さんの声だ。
「ご無沙汰してます。楠木です。」
「はい。お待ちしておりました。」
プツッとインターホンの切れる音がして、少ししてから玄関が開いた。
「わざわざお越し頂いてすみません。」
「この度は大変なご迷惑をお掛けし…度々本当に申し訳ございません。」
パパが頭を下げて、私も同じようにした。
「楠木さん。ここではアレですから、上がってください。頭をお上げください。」
パパがすみませんと言いながら頭を上げて、またハンカチで額の汗をぬぐった。
パパにこんなことをさせてしまっている自分が本当に情けなかった。
「まふゆちゃん、久しぶりだね。さ、上がって。」
おじさんは何事も無かったような笑顔で私に手招きをした。
本当はもっと私を叱っていいことなのに、不思議なくらい、おじさんはずっと穏やかな笑顔をしている。
リビングに通されると、深春と、深春のお母さんが居た。
深春のお母さんには初めて会う。
野外学習の日、初めて入った深春の家。あの日は二人きりだった。
その時には居なかった人が居るだけで違う家のリビングに見える。
この家族が居ることが当たり前で、これが本当の姿なのに。
「初めまして。まふゆです。」
「まふゆちゃん。深春から話はよく聞いていたのよ。立ちっぱなしもなんだから座って。お父様も、どうぞ。」
私の家みたいに、深春の家のリビングもテレビが置いている側に大きなソファがあって、ダイニングには食卓用のテーブルとチェアが置いてある。
食卓用のテーブルのほうに座るのかなって思っていたけれど、通されたのはソファのほうだった。
大事な話をする時ってなんとなく、寛げるソファには座らないイメージだったから少し驚いた。
ドラマの見過ぎかもしれない。
深春は私を見て、いつもより多めに瞬きをしたけれど、何も言わなかった。
私も空気を読んで何も言わなかった。
深春の家族がベランダの窓を背にしてソファに座って、その向かい側に私とパパは立って、もう一度頭を下げた。