やわく、制服で隠して。
「本当にご迷惑をお掛け致しました。」

もう一度頭を下げた私とパパ。
デジャブだなって思った。
謝れば済むなんて思っていないけれど、こんなに短期間で何度も頭を下げられて、深春のお父さんもうんざりしているかもしれない。

それなのに深春のお父さんもお母さんも優しかった。

「お二人とも、顔を上げて。まふゆちゃん、紅茶は好き?オススメがあるの。用意するからソファに座って待ってて。お父様も、座ってください。」

私もパパも戸惑っていた。
どうしていいか分からずに、パパはキョロキョロとリビングを見渡したりして落ち着かなかった。

おじさんがスッとソファに手を向けて、パパがようやく座った。
私も小さく頭を下げて座った。
やっぱり深春の家のソファはふかふかで気持ちがいい。

「お待たせしました。お父様も紅茶でいいかしら?深春、クッキーがあるから持ってきて。」

「うん。」

深春はキッチンに行って、手にクッキーが入った缶を持ってすぐに戻ってきた。
ローテーブルの真ん中に置かれたクッキーの缶は海外の物で、何となく単語は読めても意味はよく分からない。

缶に入ったクッキーやお煎餅は高級な物だと無意識に思ってしまう。
一般庶民だから当たり前なんだけど、思考までしっかり庶民で可笑しくなる。

「どうぞ。お口に合うかしら。」

「あのっ…私達、今日は謝罪に…。」

深春のお母さんは紅茶を一口飲んで、カップをソーサーの上にそっと置いた。
一つ一つの仕草が手慣れていて、とても綺麗だと思った。

「謝罪なんていいのよ。どうしても謝りたいのなら担任の先生に謝りなさい。」

「しかし、娘はご両親が留守の間に勝手に上がり込んで、バレなければきっと黙ったままだったと思います。それは謝罪すべきです。」

「それに、せっかくの旅行を台無しにしてしまいました。私は自分が楽しければいいってことしか考えきれていなかった。本当にごめんなさい。」

深春が立ち上がって、私とソファの背もたれの間に立った。
パパに向かって頭を下げている。
私は驚いて、ただ深春とパパを見比べることしか出来なかった。

「私もごめんなさい。元はと言えば私が計画したことなんです。まふゆはちゃんと野外学習に行くつもりでした。でも、両親が旅行に行くことになって、私、浮かれてたんです。いつもと違うことがしたいって…。それで…。」

「深春は、どうして夏休みまで待てなかったの?」

さっきまで、穏やかな口調で私に話しかけていた声が、一人の母親として、グッと締まった声になった。

「まふゆと特別なことがしたかった。みんなと私達は違うんだって。まふゆ、ずっと元気が無かったし、人と違うことをすれば周りより楽しくて嬉しくて、私達は特別なんだって思えるって、勘違いしてた。」

「そう。まふゆちゃん、ごめんね。深春や主人から、少し話は聞いていたのよ。大切な思春期に大変なことがあって、心が疲れちゃうのは解るわ。」

「棗さん。まふゆの親である私達がしっかりしていなかったが為に起きた事態です。私達は何度も棗さんを巻き込んでご迷惑をお掛けしています。娘の教育も、その後のケアも、もっときちんとしてあげていれば…。」

深春のお父さんとお母さんが目を見合わせて頷き合う。
おばさんはまた穏やかな微笑みを浮かべている。
この場では似つかわしくない微笑みだったけれど、不思議と嫌じゃなかった。
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