椅子こん!
6.恋愛は個性、女の子の夢です!

違います。










『44街は、スーパーシティ条令に基づき、全員恋愛を目指します!』

 私の住む44街の朝が歪み始めたのは、ちょっとまえ。
あちこちで過疎化が進み労働力の確保が難しくなり始めていたことを受けて、超恋愛世代の生き残り…………私より、前の前の前の前の前の前の……とにかくちょっと昔の世代の大人が決めてしまったのが『市民は全員恋愛をしなくてはならない』というおぞましいものだった。

────けれど、恋愛は個性、恋愛は誰もが一度は経験する夢であると決め付けているから可決されたんだと思う。
少数派からの気持ちが悪いという考えは否定され、異端扱いを受けてしまうことが長年続いてきた。
 恋愛が苦手な人のためのネットワークもあるのだが、この国ではそれも規制されていた。
実際に探してみると、大衆が使うメジャーなSNSでは検索してもほとんど恋愛を叩く人、否定する人が存在しない。
それどころか、恋愛好きの減少を懸念して同性愛などを受け入れる方向に走るのみだった。恋愛、恋愛、恋愛は素晴らしい、恋愛をしましょう、そうやって、客を引き込む。これで尚更、恋愛を叩きにくくなり、
恋愛に抵抗がある者や、人以外が好きな者の意見は埋れてしまう。
これが街の現実。もはや、恋愛嫌いはこんなところで探したって見つかりやしない。居ても片手で数えられる程度。

まぁ、実は恋愛嫌いを、こっそり処刑していたとなれば、確かに嘘でも好きな人などとでっち上げたくもなるよね!


 嘘をつくことすら不器用な私はあまりメジャーなものに関わらなくなって久しい。

何処に居ても、恋愛は個性だった。
何処に居ても、恋愛は無くてはあり得ない、コミュニケーション能力の欠如でしかなかった。
こんな馬鹿げたことがあるか。
人を好きになれなければ人権は保証されず誰からも叩かれる。

 コミュニケーション能力を駆使したら、恋愛問題に少なからず発展する機会が増えてしまうという思考が彼らにはないのだ。
彼らは既に、恋愛が戦争の道具でしかないのだから。
それに満たなければ殺せばいいだけ。





 台所に置いた、椅子に会いに行くと、椅子は変わらぬ様子でそこに居た。
緊張する…………椅子にだけは目を合わせられないような気がしてしまいそうだ。
家具だとしても、胸が高鳴り苦しい。
 そっと土を落とし、綺麗な布で身体を拭く。
さっきも乾かしていたけれど、足にまだ土が残っていたので、改めて綺麗にしていた。
「……木のにおいがする……」

ちょっと幸せな時間。
椅子はガタッと返事をしてくれた。

「は、初めまして! あ、ああああの……! 倒れてらしたので、その、心配で……勝手ながら看病させていただいてるんですけど」

椅子はにっこり笑ったように見える。
ちょっとだけ艶が出て、私をその目で見つめていた。

「うー…………緊張する」

椅子の前に座り込む。
観察さんが、早く書類の写真を撮れと急かすが、私はそれどころじゃなかった。

「相手の気持ちもあるでしょう!」


思わず言ったときだった。

「椅子に、気持ちなんか、あるか?」

体温が奪われていくような衝撃。
続いて、頭に血が上る感覚。
考えるまもなく、私の手は彼を叩いていた。
「最っ低!」

観察さんは何を言われているかわからないらしくぽかんとしている。

「どうしてそんなことが、言えるの? あるよ、椅子にだって、気持ちくらいあるよっ!!」

「……悪かった、物に心はなく、ただの、性慾を処理することを恋愛と呼んでいると思っていた」

「そんなの、恋じゃないよっ!

悲しい。同時に悔しい。
けれど彼の言い分もわかる。
テレビや新聞、漫画や小説に、恋愛が無いものは出てこないように決められている。スライムが言うには描写に恋愛を入れなくてはならないというガイドラインが作られている噂もあった。そんなものを見て育てば、当然だ。彼には、椅子はただの道具なんだ。

「大丈夫?」

部屋で寝ていた女の子が、起きたらしい。
こちらにやってきてちょっと不安そうに見つめた。
「うん……大丈夫だよ」

端末を手にして、カメラを起動する。

「確か写真を撮って、役場宛に送るんだよね」

すー、はー、と呼吸を繰り返す。

「ぶしつけなお願いではあるんですが、写真、撮影してもいいでしょうか」

椅子に聞いてみる。椅子はじっ、とこちらを見ているだけだった。

「……………………」

「あの、あの、」


────────いいよ

「え?」


声が、聞こえた。
辺りを見渡すが、二人は何もしゃべって無さそう。

────────だから、いいよ。


椅子さんだ!!!!!

「ありがとうございます!」
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