椅子こん!
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この頃はまだ、強制恋愛条例、なんて言われる条例はなかった。ただのおとぎ話だった。
何度も何度も決めるか否かで投票が行われ、白紙に戻って来た条例だ。
けれど、44街にとっては『好きな相手がいる』ことを市民が互いに認識することにやたらと意義やら意味やらを見いだし、広く認知させ根強く計画を進めているので、いつかは強制恋愛条例が通ってしまうのでは、と俺も思っていたりする。
どんな理由があれば、人が相手を思うかどうかを強制出来るというのか?
一説では人口の減少によるものだった。けれどそれは建前であり別の思惑があるのでは──と陰謀説を唱える人も居る。
特に、どちらが正しいとか有力だとかは俺には判らない。けれどそれでも得たいの知れない違和感のような何かは感じている。
陰謀説のひとつが「隣国でキムの手が発見された為、国民を把握しやすくする処置らしい」
というものだ。「キムの手」は強力な何かで出来て居て、この辺りに住むやつなら皆経験する思春期や青春──に起こり、悩ませられるスキダの発動。
それにより怪物的な概念体または異常行動も引き起こす。
その対処の過程で避けられない「告白」や「突き合い」をしかし問答無用で引き裂き突破するという都市伝説なのだ。
そんなチートな武器が本当に存在するとすれば、市民どころか国民に成すすべがないわけで、恋が戦争として扱われる今の時代の常識が大きく揺らぐかもしれない。
今のところ俺にスキダは発動していない。
「キムの手、かぁ」
もし、万が一陰謀があるとしたら、その真相がキムの手の秘密を握っているのか。
HRのあと、眼鏡の席に行くなり俺は真っ先にその話をした。眼鏡はふむ、と相づちを打ち考察する。
「純粋なスキダを目立たせない為とか、そういう感じかのもしれませんね……」
「純粋なスキダ?」
「えぇ、自分も見たことが無いですけど、あるらしいんですね、普通のとは違うクリスタルが」
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「青い子の嫁ぎ先が決まりました!
お迎えありがとうございますっ。
名前はサファイア!」
俺は……夢をみているんだろうか。
美しい女の子が、城の前でペコリと頭を下げているのが見える。
フラワーシャワーが、彼女を彩り、より世界を美しく祝福していて……
ああ、これは結婚式。彼女の隣をあるく婿どのが少し得意そうに胸を張っていた。
俺は、それを見る通行人。両脇にいる人だかりの、一人。仕事がひと段落付いたのでオージャンと一緒に此処にきている。
なんで、だったっけ…………
まあいいや、みんなに習って拍手をしながら、ちょっと抜けてみようか考えていたら、ふと、視線が妙なものをとらえた。
「やばいなー。分けられていないから、まず取ってきて扱う品物を把握するのが大変だ」
人だかりに混じって、挙動不審な男が辺りをキョロキョロして、そんなことを言っていた。角刈りに、黒い学生服のような服を着ている。
「んー、『闇商人オンリーのやかた』だとそれ前提で見れるのですけどな~」

どうやら彼は盗人で、しかし城の広さであまりにもわからな過ぎて、何の作品なのかほぼ見分けがついていないらしい。
「あいつは、盗賊だ。
初めて盗んだのは『水色の金属』と言われる珍しい鉱石だと自慢していたのを聞いたことがある。キムの手という道具を使う」
近くにいた蛙が、びよん、びよん、と跳ねて俺の肩にのっかってきた。
「え? ああ、詳しいな、蛙」
この世界の蛙は喋る。なぜか知らない。
俺や特別なやつにだけ聞こえるらしい。
「まあな! 蛙は井戸のなかに関しては物知りなんだ」
蛙は得意そうだ。
きれいな敷石のタイルの上を歩きながら、その先に連なる階段を遠目にみている姿はどこか人間のようでもあった
「ピンクと紫のバイカラーサファイアがほしいのですけど、なかなかこれだーっていう子に出会えないな……」
「パパラチア様のチャレンジに敗れたソーティング付きのピンクサファイアちゃんとかにもすごく可愛い子が居たりするので侮れないですね」
「ピンクスピネルもかわいいのだけど、私オーバルカットにあまりときめかないという特性があるので、できれば他の形の子がいい」
蛙が肩にのっかってきたまま、なんとか人だかりをかきわけ、階段を恐る恐る降りていくと、次々に飛び込んでくるのは婚カツ情報だ。
「この前、ミッドナイトブルーサファイアをお迎えできることになった王太子が居たな」
みんな、婚約者のことを宝石で呼んでいるみたいだ。強制恋愛条例が招いたまず1つがこの、恋愛オークションではなく立場のあるものから順に、品定めした嫁をもらうという儀式。
またの名を──品評会、嫁ビジネスとも言われている。
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