椅子こん!






  あれから、私たちは北国を出て、44街に戻った。
少ししか滞在しなかったのにずいぶん懐かしい気がする。
着いてみると辺りはすっかり夜中で、慣れ親しんだ景色が広がっている。
 ちなみにグラタンさんはあれからいろいろあって、地元の警察に保護されている。
そこから44街に連絡が行き、身分を保証するための手続きをして明日には44街に戻ってくるらしい。
「なにはともあれ、みんな元気そうで良かった」
ささやかなお土産と、北国での思い出。短い時間だったけれど悲しいことも楽しいこともあったな。


――帰り道、アサヒから、カグヤの家をたずねないかと言われて付いていった。
 もうすっかり寝る支度をしていたおじいさんを起こし(ごめんなさい)、本家のことを聞いた。
 あの義手の男が、結局何をしたかったのかわからないままだったから。
「本家のこと、教えて欲しいんです」
アサヒがこれまでの経緯とともに、そう単刀直入に言い、おじいさんは眠そうだったけど、丁寧に教えてくれた。
   44街に神様が居る影響で、スキダが生まれているというのは以前も聞いたことがある。
  その神様と居られるということは、やがて44街の支配者という意味を成すようになった。
  本家というのは、そういった血筋を絶やさず国を保護するためにかつて存在した城――陰陽師的なやつらしい。

「物や、紙に、魂を呼び寄せる――そういうものを、昔は術として占いやら祓いものをする組織があったんだ。
そこの本家は、今はもう、どうなっているかわからんのだが、そこの子はね――小さいころから、そういった才に恵まれたというよ。
 主様が、家具や骨董を好んで居て、そこの御用達が、魂の宿りやすい家具を献上していた。此処もそうだった」

 それから、おじいさんは、本家に遣えていた男の話をした。彼は裏切りを覚えて、そして自己流でスキダを祓おうとしていた。

「もしかしたら、そいつは、彼なのかもしれない」

彼は、神罰で手の感覚を失ったと言っていた。
 椅子さんによると、大樹だったころ、大地に根付いて汚染を食い止めていたという。
 スキダの怪物化がひどくなったのも関係があるのかもしれない。

「キムの手が……見つかってから、おかしくなっていったのかな。ばあさんが死んだのも、だとすれば、そのせいかもしれん」
「キムの手って……あの義手ですよね」
 
 スキダを問答無用で引き出す、古代の遺物。だった、はずだ。
だけど、私には効かなかった。だって私のスキダは、椅子さんと同化している。

おじいさんは怪訝そうな顔になった。
「義手? いいや、人の手だよ」
「え……」
「わしも見たことはないが、義手ではないはずだ。手、という意味の刀という話もあったように思うが……」
どういう事なんだろう。
「キムの手が、義手と思われているのは謎だが、恋愛総合化学会がそこから賑わったのはその通りだよ」




  かつて、恋愛性ショックと似たようなことが各地であった。
そのとき街は、恋愛を悪魔にとりつかれたとしてリア充を撲滅することを掲げたが、やがて、少子化問題へ発展する。
人口が激減した人類は滅びの一途を辿ろうとしていた……
再び街は政策に乗り出した。
 メディアは、恋愛を肯定的に捉える映像を中心的に流し、書店に並ぶものもまた恋愛ものの棚を大きくして人々の流行を煽った。
街全体が恋愛は素晴らしいものだ、という空気を作り上げ、信者を増やしていった……
やがていつしかその戦略は実を結んだ。
今や誰もが、見えもしない、あるかさえわかっていない、恋愛感情なんていう怪物を盲信している──
そして、それを行うために動いたのが、その当時の恋愛総合化学会。

 鶏か卵かという話になるけれど、純度が高いスキダを持っている人はそれだけスキダの影響を受けやすく、恋愛性ショックも大きかった。
 そのため、彼女たちが、欲望にまみれた恋愛感情にパニックを起こして病院に運び込まれることが、悪魔がついたということにもなっていたらしい。そのときは、リア充撲滅運動が盛んにおこなわれた。

「恋愛総合化学会は、当時は、救いの手だったよ。けれど、あんなふうな私物化はいかん。あそこは、いつしか肥えた化け物になってしまった。ああなったらおしまいだ」




 そのあと、部屋に居たカグヤと、北国であった話をした。
「そうなの。一緒に行こうと思ってたのにー」
カグヤは不満げな声を上げはしたが、グラタンさんが戻ってくるのを聞いて喜んだ。
「でも、良かったね、やっと、ママと過ごせるね」
女の子は、うん! と嬉しそうに頷く。お土産にチョコレートを渡した。
「家……建て替え費用は、もしかしたら、44街が出してくれるかもしれないんだって」
「そっか……家が建ったら、そっちで暮らすんだよね」

私が言うと、彼女は少し寂し気にはにかんだ。
「うん。でも、遊びに行くからね」
「待ってるよ」
あの日。
がれきの下で、彼女を見つけたあのときから、私の物語が始まった。
「アサヒは……」
カグヤがアサヒの方を見る。ニヤーっとしている、
「なんだよ?」
アサヒがやや苛立たし気にカグヤを見た。
「いや。アサヒは、これからどうするのかなって思って。自宅もあるでしょ?」
「さぁな、観察屋を辞めたんだ。このままだらだらしてても身体がなまるし、何か新しいことを始めるよ」





< 212 / 224 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop