椅子こん!
次の日の朝。
帰宅して寝ていたら、インターホンがめちゃくちゃ連打され、部屋から叩き起こされた。
そーっと玄関に向かい、3重になっているロックを外して、鏡で髪型を整えて――
「はぁーい」
ドアを開ける。
ぎょっとした。外で44街民の皆様、が、家を取り囲んでいた。
こんなに家の近くに人が居るのを、スライムのとき以外見たことが無い。
っていうか、この家ばれてる? 怖い怖い!!! なにが始まるというのだろうか。
「どうした?」
寝ぼけたままのアサヒも、私の後ろから、ドアの向こうを伺う。
「げっ、なんだあれ」
「わかんない……なんだろう、怖いよー出たくないよー」
石が、放られる。
「ひっ」
悪魔への直接攻撃!?
「学会が逮捕されたら、どうやって生きて行けばいいの?」
「あなたのせいだ」
「どうして、学会を逮捕させたんだ」
「学校で怪物が出た。学会のときは、あの宝石があったのにもう使えない」
「いつ襲われるかわからない。感情なんか止めようがないのに」
ずいーっと近寄ってくる皆さんが口々に不満を口にする。
「……えっと」
怖い。っていうか、ドア閉めたい。
なにこれ。でも、私のせいなのか。
だけど、やっぱり、あれを取引させるわけにはいかない。
「あれは、44街に住む人の身体から作ったものだ」
前へ出ようとしたとき、私ではない声がした。
「みんなは見て見ぬふりをしているが、この石もそう」
アサヒが、人々の前に立って石を掲げる。
美しい、真っ赤な石だった。
「大事な彼女だった。けど……もう居ない。
怪物の囮にするために、皆が助かるために……あんたたちが使っているのは、他人の命だ。ラブレターテロだってそう。あれも、選別するためにわざと起こしてる」
民衆がざわつく。ただの石としか聞かされていないのか、それとも、珍しいものを持っているからなのかはわからないけれど、驚いていた。
「こいつもそうだ。他の誰かだって。純度の高いスキダを持つものを選別して、44街が、搾取する書類を通そうとしていた。
それが、田中が逮捕された理由。俺は……もう、そんなの見たくない。怪物が恐ろしいのは、わかる。けれど、誰だって助かりたい。
『こんなもの』にされて永遠に他人に回されるなんて、あっていいはずが無いだろ……! どうなんだ」
シン……と、空気が鎮まる。
私も、はっと思い出して、前へ出た。
「あのぉ、学校で怪物が出たさん」
「それは名前じゃないけどね! 何!」
おばさんがやや怒り気味に私の前に出てくる。
「えっと……後で、家、じゃなくても良いんですけど、お伺いしてもよろしいですか」
なに? とやけにとげとげしいおばさんに私は、後はないかなと思い、「ちょっと待ってください!」と部屋に駆け込んだ。
ポケットに入れていた人形さんの、わずかな縫い目から少々つめものをもらい、その辺に散らばっていた布でくるむと、なるべく急いで縫い付けて……最後に、目を描いた。
「どれだけ、効果があるのか、無いのか、わからないけど……」
慌てて玄関に戻ってくると、彼女たちはまだそこに居たので、はいっ、と手渡した。
「これが身代わりになってくれるかもしれません。宝石より綺麗じゃないけど……でも、あれは、大事なものだったんです。怪物が引き寄せられるのは、自分の居場所が欲しいからで――それは石が好きだからということではない……というか……」
彼女は疑い深い目で私を睨んできたが、命を使っているというのが効いているのか、それとも人の好意を無下にしづらいからか、しぶしぶといった感じでそれを受け取った。捨てられたら回収してまた使う気だったのでちょっとびっくり。
「怪物が居なくならなかったら、文句言いに来るから!」
そんな捨て台詞とともに彼女は去っていき、他の人もそのうち居なくなっていった。