椅子こん!



 恋愛総合化学会と観察屋に繋がりがあるとしてもコリゴリがなぜそんなに詳しい事情を知っているのだろう。
私は思いきって聞いた。

「あの、そういうのって、勝手に聞けたり漏れたりするもんなんですか?」
「うぅーん……察しがつくというのかなハァ? 今あなたに話しているのも、あなたにはなんだか、このことを話すべき気がするから」
コリゴリは言う。

「その前に教えてちょうだい。あの怪物、それにスライムと戦ったときの怪物、やっぱりスキダから生れたのね」

 スライム……私の胸がずきっと痛んだ。

「わ……からない」

「え?」

「私のせいなのか、スライムのせいなのか。わ、私……ただ、ずっと、此処で、誰とも会わなければ防ぐことが出来るって……誰からも好かれないなら、ずっと、なにも生まれないって、思ってたのに」
 スライムが、私に異様に執着したのは事実だ。本当は昔からそうだった。スライムだけじゃなく、他にも異様に執着することがあった。 私に会うと干渉すると我を忘れたようになった人が、襲い掛かって来る人が居た。人から、好かれるたびに、私は戦わなくちゃいけなかった。

「もう、そんなこと──起こらないんだって信じてたのに……」

 本人たちに自覚は無くて、意識も無くて、ただ、ずっと、私を追うのをやめなくなる。そうなると相手は自己制御が全くできない。小さいときに誰かに呼ばれ始めた「悪魔」の言葉を背負い、私は何年もこうしてひっそりと誰にも会わずに暮らしてきた。
それ以外に、避けられる方法が、ひとつを除いて、ないのだから。

「そう」

コリゴリは部屋を見渡しながら呟く。

「前にも、同じことが」

 私は、ただ逃げて、叩くしか出来なくて、言葉は通じなくて、異様なまでの暴走から、逃げて、逃げて逃げていた。
彼らに理性など残って居なかったけれど、好きだと言われれば、罪悪感もある。それに犯罪規制法も追い付いていなかった。


──誰が来ても、みんな、嫌いって、言うの。そうすれば、大丈夫───
そうすれば大丈夫、のはずだったのに。
 スライムの視界に入らない相手を想っても、スライムは遠ざけられない。
スライムの意識に入らない相手など、スライムには関係がない。

────誑かして、罪を作る。

だとしたら、私は──


「……。あなたはどうして、悪天候のフライトまでして、観察屋なんてしているんですか?」

「それしか無いから。好きと嫌いの円環からも外れた自分には、こうやって身体を張るしかないから、かなハァ」

「……そうですか?」

なんだかそんな風には見えないけれど、余計なことは言わない方が良い。
 シンプルな生き方、好きと嫌いから外れた生き方。私が探してきたものだけど、そんなの結局──無いも同じ。
ただ、それでも、それしか無いものというのは何にだってあるんだろう。
そうだ、のんびりと話してる場合ではない。動悸がまた激しくなる。
嫌わないと。
 人に好かれたらまた、あれが発動して、戦わなくちゃいけないかもしれない。
「私にはわからないけど──大変ですね」
「ありがとう」
極力冷ややかに言うが、コリゴリは大人の対応をしていた。……まあそんなもんか。
「けど、まさか知らなかった。工作員が送り続けた、私たちが撮り続けていた紙や写真から、あの化け物になるだけの力が生れていたなんて……」

「化け物……あ。キムを、知ってるんですよね」

「昔、ちょっとね……仕事で、見たのホォ、似たような泣き声を上げる怪物。

──私たちはそのときもさまざまなルートに観察した対象の概念をばらまき続けてた。
若い……女の子だった。
でも、そのときは何もわかっちゃいなかった。自分たちが作り上げたものが何を意味するものなのか、まるでわかっちゃいなかった。そのときの子は死んじゃって、怪物だけが何年も、街に現れた。 いつの間にか、ぱったり話を聞かなくなってたけど──

数年前に、キムの手が隣国で発見されたニュースが話題になった頃から、
 今まで鳴りを潜めていた恋愛総合化学会が急にまた話題になり、工作員を募集し始めてた。今考えたら既にそのときには何か知ってる人が居たんだわね。

それでー、私は、それに志願したのホォ」

「……何か、知ってる人……キムを、暴走させたキムを、そのままに……」

亡くなった人。、還る場所のない、行く場所のないスキダたち。キムの手。

「なるほど。概念体は、つまり昔の人たちが放置した部分も合わせてより強化され防ぎ切れなくなっている。なのに今なお工作を秘密裏に続ける為にこうして政策として市民に発令したってこと?」

「まさか。そんな風には考えないわよホォ、悪魔が、勝手に襲ってきた、それだけ。悪いのは怪物」

「……コリゴリは、違うんですか?」

「正直私もそうだった。死んでもまたやってくるなんて、ゾンビかなにか、怖い怖い。そう思ってた。けれど──あれは、これだけ間近でみたら、さすがにわかる、あれは、そんな可愛い存在じゃない。あれは、私たちが産み出した。
 安易に、好きだ、嫌いだって、ただ執拗に騒いだ、まるで誰かを呪うように、誰かを捕らえるためだけに、写真を送り続けた……」


コリゴリは顔を両手で覆う。
 それは感情なのか。感情とはなんなのか。言葉は、感情なのか。感情とは言葉なのか。


「それでも、私にはこれしか……これしかないのホォ……」

 嘆くような、揺れる声。痛みが伝わる声。
私は少しだけ動揺した。まさか、私が戦う間にそんなに、思い詰めていたなんて───

「これからも、写真を撮って、撮って、撮って、以来主に送って、送って、送って、記事が書かれ、記事が書かれ、誰かがそれでどうなったって───これしか、できない……」


なにか──言おうとした。
少しだけ、コリゴリに近付こうとした。
私の肩はぐっ、と後ろに引かれる。

「椅子さ……ん」

触手のようなものが伸び、私の肩をとらえている。

──だめだ

「え?」

 私が進もうとするも、椅子さんはただ止めるだけ。代わりに更にもうひとつ触手を伸ばして、コリゴリに近付ける。
なんだか、コリゴリの様子が、おかしい。ずっと俯いたままだけれど────

「ウアアアアアアアアアアアアア────────!!!!」

突然叫びだした声に、私は思わず身を竦める。キムかと思ったが、どうも前方からの声だ。

「ア───────ッ!!
アア─────────ッ!!!
アアアアーアアーアアー──────!!!ゴメンナサアアアアアアイ!! ゴメンナサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!!ゴメンナサイ!!ゴメンナサイ!!ゴメンナサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ!!」


 突然立ち上がったコリゴリが、目を見開き発狂していた。
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