椅子こん!



新たなる告白!

奇跡をそんな風に!










 コリゴリはひたすら好きになれ……好きになれを繰り返す。
 それは、私のこれまでの人生を深くえぐる、否定するには事足りる言葉だ。死ねと言われるよりも酷い言葉。
あえて言葉で表すなら、
生まれてくるな。
存在するな。

「──た……」

目の前が暗くなっていく。
足元に散らばった「愛してる」が乾いた景色となって、私を見下している。
 その最低な存在を否定するような言葉は───時間が止まったような部屋の中に唯一動いている時間を象徴する。
唯一、全てを破壊する言葉だ。
愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる

何度も見てきた言葉。


だから?
だから?
それが、私になんの関係があって、なんの価値があっただろう。

この言葉さえなかったら。

他人を好きにさえなる人が居なかったら。

誰にも感情がなかったら。




「あなた……自分が、今、──どれだけ、残酷なことを…………言ってるかわかってる? 


 どれだけ、血が通わない人間なら、好きになれなんて、そんなことを言えるのでしょうね? 

 自分がわかってないの?
どうしてそんなことを他人に投げ掛ける権利だけはあると思ってるの? 

突き合いたくないなら、一生誰に対しても同じ態度取りなさい。

急に、目の前の一人だけ見下してんじゃないわよ!

ああそうだわ、あなたも、悪魔になりなさい!」

人を好きになれるって、すごい才能で、ものすごい奇跡なんだよ? なれない人にはどう頑張っても永遠になれないんだよ?

「それを、それをそれを、簡単に他人に求めるなんて!! 

エリートだかなんだか知らないけど、どんな育ちかたをしたらそんな酷いことが言えるの? 
最低だわ」

コリゴリは少し狼狽えた。
椅子さんが光る。

「あぁ──そっかぁ」

 思わず口元が緩む。
笑ってしまう。

あわせてポケットに入れているナイフが手のなかで光り出す。

「アハハハハハハハ!! そっか、そっか、こんな、簡単なことだったんだ!」


スキダの前にその手を翳し、私は呟く。

「告白──告白────告白!!!」


 ナイフを握ると、まだ心臓がドキドキと、ときめいているのがわかる。
これが、ときめき。

「告白っ、告白、告白っ────!!」

やっと告白が出来た。
スライムのときと違う、これはコリゴリに合わせずに、私に合わせるんだ。

 コリゴリが、嫌だ、嫌だ!と怯える。
脚力があるのですぐにはナイフを目に突き刺すことができない。逃げ回る姿がなんだか情けなく思えた。
 椅子さんを投げつけても避けられたら意味がないし、家が倒れたら意味がない。
椅子さんを投げるなんてそもそもちょっとサディスティックかな。

「アハハハハハハハハハ!
アハハハハハハハハハ!
アハハハハハハハハハ!!!!
人を好きになれなんて────人を好きになれるなんて──!! 
そんなやつが、居たらいけないんだ!!!

そんなやつが、目の前に居たらいけないんだ!!!

そんなやつが、

他人に、何か喋るな!!!

これ以上、これ以上その言葉をお前が使うな!!



 ふわっと足元で風が起こる。
スキダに似た小さな何か、椅子さんと同じように輝く何かがあちこちから沸きだして紙飛行機になるとコリゴリに向かっていく。
 うーん、やっぱりこれが、クラスター? でも、聞いてたのとイメージが違うような。
 紙飛行機はやがてぴたりとコリゴリの身体中に貼り付く。
逃げ回るコリゴリの体力を少しずつ奪っているらしい。
 高いジャンプでその場を離れる度にコリゴリを追跡しながら背中をつついている。
よく見ると紙から触手が伸び、コリゴリの頭に溶けていく。
貼り付いた紙はみんなそうなっているらしい。
コリゴリの様子もなんだか変わった。

「──愛してる?」

冷めた目になり、ハハハハ、と乾いた笑いを浮かべる。

「どうして愛してるなんて、信じてるんだろホォ? どうして愛してるなんて信じてるんだろホォ?」

なのになぜか目から涙がながれていたのが変な感じだ。
人間に少し戻って見える。
 まさかあの紙に、そんな効果が?

「いや、言ってない、私にこんな辛い気持ちを植え付けようだなんて、許さない!! やめて、私からこの気持ちを取ったら何もないんだから!」

コリゴリが涙を流しながら私を睨む。あまり怖くない。
ナイフを振り下ろす。
コリゴリが何度も避けるので
椅子さんを振り回してコリゴリの意識がそちらに向かうと同時に目の前にナイフを突きつける。
「怪物がさぁ、何を言ってるの。
愛してるなんて、ばかげてるでしょう?

それは、悪役が言わないのよ」

私は改めて言う。
コリゴリが私を突き飛ばす。

「愛してるなん、て……ばかげ……いやあああああああ!!!! いやあああああああ!!嫌だあああああああ!イヤダアアアイヤダアアアイヤダアアアイヤダアアアイヤダアアア!!」

 怪物になり、人間に戻り、また怪物になる。
 人間になったときに椅子さんを構えて叩く。
怪物のときでは叩けないけれど、こちらならときどき当てることが出来そう。

 息切れて、たまによろけるが、まだ、許せない気持ちがあるからか意思がくじけることはない。

「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!」

 逃げて壁に上るコリゴリが気持ち悪くて椅子さんを振り回す。ちょっと申し訳ないけれど、包丁がアレに刺さるわけはない。触手が伸びるが、脚力のせいでなかなかコリゴリを捉えられない。


「────あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、あなたなんて、要らない、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らない、私に、あなたなんて、要らないあなたなんて、要らないアハハハハハハハ!!!! アーッハハハハハハハ!!! あなたなんて、要らない!!あなたなんて、要らない!!」 

 コリゴリはただでさえ負傷していたのに、どうしてそんなに跳び跳ねるのだろう。

「スキダアアアアアアアア!! イヤアアアアア!! ミステナイデ!!! イヤダアアアイヤダアアアイヤダアアアイヤダアアア」

 コリゴリが泣き叫ぶと、電子レンジがまた勝手にONに切り替わり、暖められたスキダがどこかに向かって走っていく。
 はっ、と振り向くとキムらしい影が奥の方で少しだけ身動ぎした。完全に覚醒はしてないらしいけれど────
 そしてテレビも勝手にONに切り替わった。

「ああっ! 電気代と重なって余計にむかつく!」

(周りを利用するだなんて、下手に攻撃出来ない……)

 テレビから這い出てきたスキダがぞろぞろとこちらに向かうが、椅子さんと同じように光る複数の紙飛行機が同時にそちらに向かっていく。
とにかくまだキムは起きてない……
今のうちに叩かないと。

 コリゴリは、身体からあの溶け出しそうな紙が剥がれたのを良いことに、得意そうに笑った。笑っていた。サングラスの位置を直しながら、胸を張る。

「ホラワダシアマゲイ…………クックッ……」

 持ちこたえるだろうか。
奥の部屋で紙飛行機と戦うスキダを見ていると先ほどコリゴリの出した、偽物が食べてくれたことをおもいだす。

 けれど──今はもう違う。
(そういえば、どうしていきなり、怪物になったんだろう)

 なんとなく、スライムより怪物になるのが早かった気はしていた。
スライムはあれで、怪物になるまでに何日間か私と関わっていたわけだし────
コリゴリが私を視界に捉え、口を開く。

「チュ………………チュキ…………チュキ」

「────っ!!?」

なんとなく引っ掛りはあったけどなるべく気にしないようにしていた。
 気にしないようにしていたけれど……まさか、キムを取り込んだから?
ときめきが酷くなる。

「……」

 とにかくやるしかない。
スキダを避けながら、椅子さんを二回、三回と振り回す。
コリゴリは今はもはや電磁波攻撃に気を取られていて足元がおろそかになっていたためうまく避けられていない。
 もっと早く気づけば良かった。この電磁波攻撃自体、そもそもキムが得意としているみたいだった。

 ラブストーリーが大音量で流れる。スキダがどんどん増えていく。
「あ──あなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない」

 わらわらと足元にも集まるスキダを椅子さんが触手で取り込んでいくが、紙飛行機と椅子さんを合わせても、スキダはどんどん生まれてくる。
きりがない、と言う暇すらない。
「あなたなんて……要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなた、なんて、要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない、私はあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らないあなたなんて要らない、あなたなんて要らない、あなたなんて要らない!!!!  あなたなんて要らないの!!!」

祈るように唱える。
擦りむいた身体がまだ痛む。
スライムが脳裏にちらついた。
それでも私はラブストーリーが嫌いだ。

──早く、スキダもみんな、燃やして平穏な静かな部屋を取り戻さないと。汗が前髪に滲む。
景色がぼやけている。
 
「私は悪魔──

私は、ね…………あなたに価値なんか感じない」

ときめきが、酷い。
息が苦しい。

 鈍い音と共にコリゴリが壁に叩きつけられる。
さすがに弱っているらしい。

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、イヤダアアア……イヤダアアア……ゴホッ」

「──告白、告白、告白、告白っ」
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