椅子こん!
馬鹿め、恋なんてするから死ぬんだ!
なぞの男
「いけないな。こんなにばらまいているのを誰かに撮られれば、迫害が事実でないと判断される可能性の方が低い。バレてしまうじゃないか」
男? は抑揚のない声で呆れながら、部屋をぐるぐると一周する。部屋の中はあちこちが荒れており、足の踏み場がかろうじてあるような状態だった。
コリゴリと椅子を大事そうに抱えて眠る彼女 を交互に見て、まずは彼女に声をかける。
「こっちはまだ元気そうだな。ハハッ、コリゴリがこんなんなってるのは、やっぱり、『奴』が現れたか……?
って、聞いても寝てるか……ったく、相変わらず気味の悪い部屋だ」
とにかく、と彼は改めてコリゴリを見る。それから懐に忍ばせた拳銃を取り出す。恐る恐る、さっき後を追って部屋に入り壁際に隠れているアサヒたちは、動くことも出来ないままそれを見守っていた。
「コリゴリが何を見たかは知らないが、此処でスキダを発動してもお前程度の器じゃ、このザマだ……ハッ、情けない」
アサヒは、彼の声を体温が急に下がるかのような、生きた心地のしない気持ちで聞いていた。気付かれない内に退散した方が良いのかもしれない。
(お前程度の器? 何の話をしているんだ──?)
そっと壁際から身を乗り出す。
コリゴリが倒れている。
ほとんど生気を感じない。腕や体のところどころが中途半端にねじまがり、人間と怪物が混ざるかのように奇妙に変形していた。スキダを発動して怪物になってしまった、ということを指すのだろうか。
「紙と、何か目覚めさせる対象、を見付けてしまったかな? コリゴリがお嬢ちゃんの趣味には、見えないが────いや、どうかな、案外……
『あいつら』が妬ましく思う程度の、仲睦まじさがあったのかもしれんな?」
アサヒは何故だか、ビクッと肩を震わせた。
「となると、いやはやこの地域に『脳筋』を配置したのは失策だったか……
やつには孤独というものがまるでわかってないのに」
ぶつぶつと呟きながら彼は提げている袋から更に何かを取り出す。油では無さそうだった。それをポケットにおさめてから、躊躇いなく拳銃をコリゴリだったものに向ける。
「証拠隠滅の手間を取らせやがって……ほうら、お前ら、『残念なエリート』だ!」
額に穴が開いているので、多分一度撃たれている気がするが、彼は胸に銃弾を放った。振動、音。
ぱしゃ、と水溜まりのように血が跳ねる。
───にしても、お前ら?
そういえばとアサヒたちが足もとの紙の周りをよく見ると、得たいのしれない人型の小さな何かがあちこち蠢いている。
それらの多くが残念なエリート、に向かって集まっていく。
「せっかくエリートになっても、好きなヤツからは愛されない。その上此処で怪物になったから余計に嫌われただろうコリゴリにお疲れ様でしたを送ろう!」
男は急に、歌でも送りそうな朗らかさで言い、手についた血で近くにあるわずかな紙全体を使い何か図形を書き込む。
鳥居か家の屋根? 独特な何か建物のようなそれだった。
「『そいつ』を食ったら、『そこ』から家に帰るんだな! そうすれば今は見逃す」
小さな何らか、は集まって来るがその男を攻撃することは何故か無かった。
コリゴリに向かっていくと、嬉しそうにむしゃむしゃと実に良く食い付き始め、そして少しずつ消えていく。
『そこ』に帰っているのかはわからないが……
紙に書かれた大きな家が、少しだけ光っていたような気がした。
アサヒと女の子は混乱していた。
こいつは誰で、なんなのだろう。
「椅子なんて大事そうに抱えちゃって……まぁまぁ……誰のことを想っている? 俺ではないのか?」
男はニヤニヤと彼女を観察する。
「気に入らないんだよなぁ」
椅子を彼女の手から引っ張ろうとするが、彼女も大事そうに抱えるだけあって、なかなか引き剥がせない。
しばらく揺さぶる後、椅子を引っこ抜いた彼はその場に椅子をたたきつけた。
「人間を愛せよ? 椅子は人間の代わりにはならんぞ」
椅子が気に入らないのか、強めにけりを入れ、ゴミ箱に投げつける。椅子はゴミ箱には入りきらない為、跳ねて床に戻った。
「汚い椅子だな。血まみれじゃないか」
隠れて見ていた女の子は小さく許せない、と呟く。アサヒも唖然としといた。
けれど物は物であり、人は人であるというのはときにこういった現実を突きつけてくる。
椅子が無いまま倒れている少女は本当に疲れきっている様子でピクリとも動かない。
「あー、ムカつく。家族揃ってムカつくやつらだ」
そのまま、彼女のいる場所を通りすぎてやや焦げ付いた部屋の方に歩いていく。そして机の引き出し、棚、クローゼットなどを次々開けて中を確認した。
「あやしいものは…………まあ、ないかっと」
彼は安心したように窓際に向かう。そこには先ほどから待機するヘリが居た。
「よーく撮影しておいてくれ。これが彼女の部屋だ。残念だがどんなに燃え、荒れようと、撮影はやめないぞ? ふふふふ……
むしろ炎の中のお前にはとてもそそられたし、意欲がわいたんだよな、火事と少女──是非次に作る映画のネタにさせてもらう」
ヘリに言い聞かせると、それに強引に飛び乗ろうとして、何かにつまづく。
足元には神棚のような物が転がったままになっていた。
「痛い……こんなもの、片付けて置けよ!!」
彼は短気らしい。
その場ですぐに叫び散らした。
「──チッ、そんなに良いのか、孤独が!!
そんなに俺はその器じゃないのか!? 神様なんて居ないんだよ!!
居るなら何故俺には救いをもたらさない!?
その器じゃないから愛せないって!!こんなに俺も孤独を理解しているのに!!現に、お前らが恐れているスキダに成り変わることもないだろうが!!!
恋をして他人が怪物に乗っ取られる!? そんな馬鹿げた話があるか!?
お前の家族だって皆単に気が触れただけだろう! そうなんだよ!!」
肩で息をしながら、彼はやっと落ち着くとヘリコプターを出来る限り窓際に近付けて飛び乗った。