椅子こん!
意思と意識
「ちょっと、言い過ぎじゃ無いですか?」
男、が『部屋に』 戻ったタイミングでちょうど恋愛大好き会長、と彼が呼んでいる学会長が部屋を訪ねて来た。
火事だろうが中で誰か暴れようが、大事な書き物をしていようが、常に本部の観察は怠っていない。
「これから恋愛をする人たちが、あなたの言葉で傷付きます」
「だからどうした!」
男の決意は揺らぐことがなかった。
「ちょっと泣くだけで済むやつと、
これから先未来の無いやつの痛みが同じだとでも言うのか?」
会長には彼のことがわからない。
悪魔の家に入り浸り、悪態を吐き、油を撒いて帰る、頑固な鬼のようだった。
「ずっと──あの家の者が納めるまで、長い間多くの土地が食われた。孤独を馬鹿にし、孤独を否定し、多くの者が他者と生きる為に戦ってきた。
俺だって他者と生きる為に戦った!
だが『それとこれ』とは、話が違う。
優しい言葉なら傷付かないのか?
今お前の優しい言葉に、俺が否定されたと感じたが」
会長には、彼のことがわからない。
だから気分が悪くなってしまった。
「あなたって最低のドクズですよね」
男はしばらく反論を考えてみたが、やめた。
「コリゴリがアサヒを取り逃がした。
夜になるから引き上げたが……アサヒが『コクる』までにはどうにか捕らえねば! コクってからでは取り返しがつかない」
「単に、貴方は、他人が怖いのよ」
会長は彼の考えを見下していた。
恋愛は何があっても絶対に否定してはならない神にも等しい、全能感に溢れ、祝福されるべきものだからだ。
「俺は優秀だ。他者など怖くはない。
だから寂しさもない。
だが、奴はそのような器ではなかったのだよ。だから、コリゴリはコクった、コクって頭が馬鹿になったんだ」
会長は頭を抱えていた。
ちょっと始末してきただけでまるで大事のようにいばる。他人を恐れて妄言を吐くだけの情けない人物。
学会員ではあるものの、恋愛大好き会長と彼の意見は、平行線のまま対立を続けているのだった。
「コクるだの、憑かれるだの、本当にそのようなことがあるわけがないでしょう?」
会長は資料室で見た昔話を思い出す。
44街に古くから伝承されたものらしいが、やはり恋愛の素晴らしさを語っているようにしか思えないのだ。
「二人が出会い、恋愛をして世界に平和が訪れた、それが昔からある話では?」
「ああ、資料室の本を読んだのか……」
彼はちょっとだけ落ち着きながら言う。
「最後だけ読むとそうともとれるな。
だが、どうしてあの家が、家族やきょうだいすら『中に入れない』と思う?
スキダに妬まれコクられて死んでしまうからだ」
「そういえば貴方、あの家の母親をご存知なんですよね? 我々が観察している──」
彼女は思い出す。
確かに、10年ほど前、悪魔と言い触らして、44街が直々に「悪魔の住む家に他者が近付かないように」とお触れを出した
。
そして今もなお、観察屋やハクナが徹底的に監視している状態だ。
「ああ──マドンナだよ。美人だったなぁ……今は各地を点々と飛び回りながら忙しくしているらしいが……元気かなぁ……イケメンを否定するのが楽しいのかと聞かれ『私も美少女って言われたことくらいありますから!』はなかなか痺れたよ……」
「はぁ……」
あきれた目をする会長。
こほん、と咳をして彼は仕切り直す。
「あの家の者がコクられずに済むのは、自己を否定し孤独を愛するから。ある種の悟りだよ」
「自己否定……」
スキダが妬む、などという話は初めて聞いたことだった。
彼女悪魔が、物心ついたときには独りで暮らす理由。それがまさか、あのスキダに関わっているとは。
「ただの雑魚スライムですら、
彼女を愛そうと狂暴になってしまう。
または──スキダの『生きたかった』執念、呪いをそのままかぶり皮肉な道化を演じ、コクって、狂ってしまうんだ」
「はぁ、仮に、そうだとするなら、一体なぜ──孤独を愛するスキダが……」
「『お前が幸せになるくらいなら』自分が彼女を愛する方がまだ孤独がわかる、ということかもしれん。
奴は多分、幸せなまま、幸せになるやつが許せないんだ……」
「だから……コクって、身体を奪う……」
「その点俺は違う。家族は死んだし、常に独り身だ。生活はこの泥商売で安定している。愛されるより嫌われる方が多い」
「でも、本命に好かれないんですね」
会長が吹き出す。
「やかましい!」と男は怒鳴った。
「例え彼女や、お嬢さんに嫌われようと今後もハクナの指揮は続けていく」