椅子こん!
休息
誰かに呼ばれたような気がして、ぼーっとしたまま目を覚ます。視界いっぱいに、アサヒとあの子が映った。
身体中が痛くて動かせない。
「痛い……」
椅子さんが見当たらない。
椅子さん……あの男が投げ飛ばした。
はやく、無事を確かめなくちゃ。
はやく、会いたいな。
頬に雫が伝う。
「大丈夫か!?」
アサヒが慌てたように私を覗き込んだ。
「痛い……痛い」
痛い。
口にして、やっぱり痛いと思った。
「待ってろ、病院に……」
アサヒが何か言うが、よく聞こえない。苦痛で苦笑いのような半泣きのような顔しか出来ない。
「痛いよ……痛い……他人が、他人を想う気持ちが、痛い……痛いよ……」
女の子がしゃがんでじっとこちらを見ていた。無事で良かった。
「病院にいく?」
近くで聞き取りやすく言われて首を横にふる。
「そんなに深くないから……大丈夫。私、傷なおるの早いんだよ」
身体を起こそうとして、全身に激痛が走った。二人の優しい顔を見ていたと同時に、スッと何かが入り込むような、何かが目覚めるような、不思議な感覚で、発狂した。
「私、悪魔なんだよ!! 悪魔に優しくしないで! 私に近付くな!! 許さない、許さない、許さない、許さない、お願い……私、」
私が何を言っているのかはわからないけど、だけど私はさっきまでの痛みが嘘みたいに強引に身体を起こしていた。
「ああああああああ────
ああああああああああ───────
」
独りにして、独りにして独りにして独りに……
「どうしたんだ?」
アサヒが驚いている。女の子はじっとこちらを見ている。
私にも、わからない。
だけど、わかる気がする。
「お……お願い……私……私」
私の目の前に、女の子が立っている。あの瓦礫の下に居た子ではなくて、もう少し、中学生くらいの子だ。顔だけが、ぼやけたままわからない。
背中に羽が生えている。
「ああぁああぁああぁああぁああぁああぁ……」
私がうめくと同時に、女の子は胸を抑えて泣き出した。
透けた体は、私と重なっているかのように見える。
「────ああぁああぁ」
出来るだけ意識を保とうと思いながら、一歩前に踏み出す。
その子に触れたら何か変わるのだろうか?
知らない子だという気がしない。
でも、わからない。
「お願い……独りに……独りに」
その子が私の手を引いて走り出す。
私はいつの間にか近くに転がった皿を手にしていた。
「アハハハハハ!!!」
アサヒたちはびっくりしている。私は繰り返した。
「お願い、よくわからないけど、独りになりたいみたいなの」
私が言うが、アサヒたちは「何を言っているのかわからない」という顔をしている。
「ほら、そこに居るじゃない、女の子が……驚いている……こっちに来ないでって、怖がってる」
「え?」
もう一人の女の子がきょとんとこちらを見た。もしかしたらアサヒたちにはわからないのだろうか?
皿が放られる。
「アッハハハハハ!!!! みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね!!!」
「他人を想う気持ちが痛い。痛い! 痛い……! あれに触れると」
「「殺したくなる」」
自分が喋っているのか、あのこが喋っているのかどちらだろう。私はニタリと笑って、再び皿を持ち上げ、床に叩きつける。
「出ていけ!!!」
女の子が叫ぶ。
「出ていけ!!!」
なんて悲しい声をしているのだろう。私は、彼女を憎むことが出来なかった。
部屋のガラスが割れ、飛び散る。
アサヒの顔に、破片が跳ねる。
それを労りもせず、「私」は叫ぶ。
憎しみを込めて。
「出ていけー!!!!」
アサヒたちが慌てたように部屋から出ていくと、私の身体は再び床に崩れ落ちた。安心したように、安らいだ気持ちになる。羽根の生えた女の子が泣き叫ぶ。
「もう、行ったみたいだよ」
割れた破片を広い集めながら、私は微笑んだ。
「────?」
不思議そうに彼女は私を見る。
「ぁ……ew、ぉ、をえ、ぁqあ?」
何かぼそぼそと喋って、彼女は部屋の隅、やや焦げ付き荒れたままになっている部屋に向かっていく。
「……あなたは、だあれ?」
「う……q3ぇ、らに、っ」
「怖かったんだね、なんかごめんなさい」
「て、t……、と、e…a…awみら、」
言語はよくわからないながら、なんとなく、嫌いにはなれないと思った。
「……えっと……部屋の、お片付けしなきゃならないからちょっとうるさくするよ?」
「うあうあう……」
「ん?」
「…x…eawにぬ」
とりあえず、キムでは無さそうだけど……なんだろう。うーん。
そういえばアサヒたちを追い出してしまったが、まあ仕方がないか。
その子が歩いて行った先には、昔親が付けていった祭壇……倒れているそれがあった。
それを悲しそうに、ぼんやりと見ている。
「あー……倒れてる……あのときに誰かが倒したんだな、まったく」
手で起こす。
腕がちょっと痛む。
「ものは大事にしないとね」
部屋は荒れちゃったけど、椅子さんも、探さなきゃ。
「私、昔から理屈じゃなく、他人から好かれてもうまくいかないんだよね……あなたもそうなの?」
「ありがとう」
「いいよぉ、別に……」
え? と目の前の彼女を見ると、再びありがとうを繰り返した。言葉が、通じてる!
「あなたのこと、知らないけど、私も誰かが誰かに優しくしてるのを見ると、なんだか苦しくなるから、アサヒたちは気の毒だけどちょっとスッとした……変なの」
「私、嫌い?」
「ううん」
「……」
他人の心が、自分に入って来るみたいで目を合わせるのも会話するのも全部が嫌になることがあるけれど、それは恋と同じで、理屈ではないのだ。
「誰にだって、怖いものはあるよ。理屈じゃない」
「……」
「人が人と居るの、嫌な気持ち恋人たちは死ねばいい」
淡々と話すその子にそっと近付く。何だか元気がわいてくる気がする。出来ることがあれば良いのになと思った。
「でも私、あなたと話すの、なんだか楽しいよ」
「…………」
「あれ?」
気付くとその子の姿はなく、何処かに消えていた。
ピンポン、と呼び鈴が鳴る。
「あの、入ってよろしいでしょうか?」
またアサヒだった。
「何か?」
「入るぞ」
有無を言わせない態度でドアを開けられる。鍵はさっきあの男が開けたままだった。
「──良かった、これ、あったな」
テーブルまで歩き、薬のケースを手にしたアサヒが言うと同時にまたドアが開く。
「失礼します」
女の子がぺこっと頭を下げて入ってきた。
「と、いうのは半分本気で半分きっかけだ」
すまなかった、と頭を下げられる。
「アサヒ?」
「俺のせいだ……さっき何があったかは知らないが、こんな戦いになったのは俺の居場所を察知してやつが来たからだ! こんなことになってしまって」
「私が……さっき言ったことを覚えてる?」
「女の子がどうとか……」
「さっき居たんだよ。本当に居たんだよ」
「そうか、今日は疲れてるだろうからもう休んで──」
「あの子もきっと、好かれて怖かったから、殺さなきゃって、思ったんだよ。殺さなきゃ、殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃって」
「……」
「誰かに好かれるたびに
『殺さなきゃいけない』と思わなきゃいけない人が居る。
殺さなきゃいけないと思わなくて良い友達に──なれるかな、私がなれたらいいのに
好かれなくても、友達は友達で、ずっと、重くならなければいいのに」