椅子こん!
家具
椅子さんは、近くにあるごみ箱から発見された。
血塗れで、足をもがれた状態で。
ショックでその場に座り込みたくなる。まるで、取り残されたような絶望が私に襲い掛かった。
「……ぁ───」
叫びたいのに、うまく声が出てこない。
飛び付くように駆け寄って、一心不乱に足を探す。アサヒや女の子も一緒になって探してくれた。
「……これじゃないか?」
アサヒがやがて、倒れた棚の後ろから足を一本。
「見付けたよ」
女の子がテーブルの下から足を二本。
「あ、これだ……」
私がごみ箱の中から一本見つけた。
椅子さんは固定するためのネジ式ではないので、組み直せば完成のはずだ。
なのだけど────
どれも確かに同じ材質の同じ長さのはずなのにどうやってもいい具合にはくっつかない。
「あ……あれ? あれ?」
なんなの、この椅子。いやそもそもが謎だったんだ。椅子さんはいきなり空から降って来るし、喋るし────戦うし、羽が生えるしさ。
考えていると、短い時間にも沢山の思い出があって、涙がこぼれてくる。
椅子さんは目を閉じたままだ。
「──椅子さん……椅子さあぁん!」
せっかく椅子さんと知り合えたのに。
せっかく、さっきまで、一緒に居たのに。
「椅子さん、起きてよ! うわああん!」
泣き崩れる私の側で椅子さんは冷たくなっている。なんでこうなっちゃうんだろう。確かに椅子さんは、椅子だけど、それでも──それでも生きている。
《緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください》
「え……」
思わず涙が引っ込む。アサヒはなんだなんだと驚き、端末で検索する。
女の子も目を丸くした。
「『恋愛潰しだ』! 近くまで来てる」
アサヒが突然よくわからない単語を叫んだ。
「な、何それ……」
「要はスキダ狩りだよ。恋愛至上主義団体が目の敵にしている」
「そうなんだ」
《緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください──》
「やっぱり好きな対象者から離れていたら、狙われやすいのかな」
「かもな」
「でも、スキダを狩ってどうするの?」
「さぁ?」
《───皆の者! よく聞け! 我等は他者を好きになる感覚がわからない!
これまでの頭領たちは皆
人類に等しくそれがあるという幻想を広めた!! 》
「ジャックされたね」
女の子が言う。
「あーあ」
私は呆然とする。それになにより椅子さんを思うとまた胸が痛んだ。
(うん。私、椅子さんから、離れないよ)例え足がなくなっても例え会話がなくなっても。同じ時間を生きた仲じゃない。
《他者を好きになるために、いったいどれだけの才能が必要なのか! どれだけ、それが無いものたちを邪険に扱って来たのか!》
キーンと高いハウリングのあと、別の人物の声が響いた。
《ぐだぐだうるせえな! こんなまだるっこしい街宣はそこそこに、さっさとやりましょう!》
ついには44街中に、ズンズンドコドコと楽しげなダンスナンバーがかかりはじめる。
続く阿鼻叫喚。
外で何が起きているんだ……
「っていうか本当に近くない!?」
これは驚いた。何故なら私の家は、孤立するようにぽつんと坂に立っている。
ビルに遮られ影にすらなってしまう目立たなさなのに、声がやたらと近くに聞こえるだなんて。
「ちわーっす!」
がらがらー、と窓が開く。
ベランダから二つ結びの少女が部屋に降り立った。
「まだ此処、回ってなかったなーってんで!」
「……!?」
えっ。誰?
「リア充撲滅☆」
どこかから取り出した平たい形のサングラスを目につけると彼女は私、とアサヒをじろじろ見比べた。
「あれ? おっかーしーなー リア充の気配に近いんだけど……リア充表示出ないし」
私がぽかんとしていると、彼女と目が合う。やがて彼女の目は私の膝の上にあるぼろぼろになった椅子さんに向いた。
「うわちゃー……なにそれ、うわうわうわ……うわー、椅子マジでぼろぼろじゃん、可哀想……ちょっとこの椅子メンテしないと」
「な、なんなのよぉ……貴方」
椅子さんの側まで来ると、じろじろとパーツを眺め始めた。
「わー、この椅子面白いナリしてるね。初めて見た」
「私、椅子さんと付き合うの! 人間のリア充なんて知らない! 帰って!」
椅子さんにベタベタ触れているのがなんだか悲しくてむきになる。彼女は後頭部に手を当てながらちょっと待ちなってと言う。
「私、カグヤ。家が家具屋だったんだ」
椅子さんは、近くにあるごみ箱から発見された。
血塗れで、足をもがれた状態で。
ショックでその場に座り込みたくなる。まるで、取り残されたような絶望が私に襲い掛かった。
「……ぁ───」
叫びたいのに、うまく声が出てこない。
飛び付くように駆け寄って、一心不乱に足を探す。アサヒや女の子も一緒になって探してくれた。
「……これじゃないか?」
アサヒがやがて、倒れた棚の後ろから足を一本。
「見付けたよ」
女の子がテーブルの下から足を二本。
「あ、これだ……」
私がごみ箱の中から一本見つけた。
椅子さんは固定するためのネジ式ではないので、組み直せば完成のはずだ。
なのだけど────
どれも確かに同じ材質の同じ長さのはずなのにどうやってもいい具合にはくっつかない。
「あ……あれ? あれ?」
なんなの、この椅子。いやそもそもが謎だったんだ。椅子さんはいきなり空から降って来るし、喋るし────戦うし、羽が生えるしさ。
考えていると、短い時間にも沢山の思い出があって、涙がこぼれてくる。
椅子さんは目を閉じたままだ。
「──椅子さん……椅子さあぁん!」
せっかく椅子さんと知り合えたのに。
せっかく、さっきまで、一緒に居たのに。
「椅子さん、起きてよ! うわああん!」
泣き崩れる私の側で椅子さんは冷たくなっている。なんでこうなっちゃうんだろう。確かに椅子さんは、椅子だけど、それでも──それでも生きている。
《緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください》
「え……」
思わず涙が引っ込む。アサヒはなんだなんだと驚き、端末で検索する。
女の子も目を丸くした。
「『恋愛潰しだ』! 近くまで来てる」
アサヒが突然よくわからない単語を叫んだ。
「な、何それ……」
「要はスキダ狩りだよ。恋愛至上主義団体が目の敵にしている」
「そうなんだ」
《緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください──》
「やっぱり好きな対象者から離れていたら、狙われやすいのかな」
「かもな」
「でも、スキダを狩ってどうするの?」
「さぁ?」
《───皆の者! よく聞け! 我等は他者を好きになる感覚がわからない!
これまでの頭領たちは皆
人類に等しくそれがあるという幻想を広めた!! 》
「ジャックされたね」
女の子が言う。
「あーあ」
私は呆然とする。それになにより椅子さんを思うとまた胸が痛んだ。
(うん。私、椅子さんから、離れないよ)例え足がなくなっても例え会話がなくなっても。同じ時間を生きた仲じゃない。
《他者を好きになるために、いったいどれだけの才能が必要なのか! どれだけ、それが無いものたちを邪険に扱って来たのか!》
キーンと高いハウリングのあと、別の人物の声が響いた。
《ぐだぐだうるせえな! こんなまだるっこしい街宣はそこそこに、さっさとやりましょう!》
ついには44街中に、ズンズンドコドコと楽しげなダンスナンバーがかかりはじめる。
続く阿鼻叫喚。
外で何が起きているんだ……
「っていうか本当に近くない!?」
これは驚いた。何故なら私の家は、孤立するようにぽつんと坂に立っている。
ビルに遮られ影にすらなってしまう目立たなさなのに、声がやたらと近くに聞こえるだなんて。
「ちわーっす!」
がらがらー、と窓が開く。
ベランダから二つ結びの少女が部屋に降り立った。
「まだ此処、回ってなかったなーってんで!」
「……!?」
えっ。誰?
「リア充撲滅☆」
どこかから取り出した平たい形のサングラスを目につけると彼女は私、とアサヒをじろじろ見比べた。
「あれ? おっかーしーなー リア充の気配に近いんだけど……リア充表示出ないし」
私がぽかんとしていると、彼女と目が合う。やがて彼女の目は私の膝の上にあるぼろぼろになった椅子さんに向いた。
「うわちゃー……なにそれ、うわうわうわ……うわー、椅子マジでぼろぼろじゃん、可哀想……ちょっとこの椅子メンテしないと」
「な、なんなのよぉ……貴方」
椅子さんの側まで来ると、じろじろとパーツを眺め始めた。
「わー、この椅子面白いナリしてるね。初めて見た」
「私、椅子さんと付き合うの! 人間のリア充なんて知らない! 帰って!」
椅子さんにベタベタ触れているのがなんだか悲しくてむきになる。彼女は後頭部に手を当てながらちょっと待ちなってと言う。
「私、カグヤ。家が家具屋だったんだ」