椅子こん!
カグヤ




 真っ暗な道を、椅子さんを抱えて外を歩く。女の子とアサヒ、そして私の先頭にカグヤが居る。
こんなに他人に囲まれたのは、いつ以来だろう?
胸が痛んだけれど、今更な気もする。
悪魔が、こんなことで良いのだろうか。

「へぇー、大変だね。それで戦うことになったんだ」

「そう。せっかく、代々人を遠ざけていたのに……あのとき、生まれて初めて沢山の人を見たの。避けていたくせに、感情を向けないようにしてきたくせに、都合よく感情を向けてきた。
初めて、向けてきた。
 私『この役目の』為にずっと、家を一人で守るって、覚悟して、ちゃんとやっていたのに、役目も私も無視されてた。
役目が守られているなら私に話しかけたりしないはずだったのに」

「そっか。その役目が、何よりも大事なんだ」

「うん、嫌われるよりもずっとずっと尊い」
それが守れるなら私が嫌われたって叩かれたって痛くない。
痛くても、全然痛くない、ずっとずっと、役目があれば幸せだった。
自己評価が低いとかいう話ではない。
嫌われることを選ぶ代わりに、孤独を勝ち取って居たのに、それすら侵害されたことがひたすらに悲しい。
 孤独の中で安心することを許さず、輪に入ることも許さない、これでは、役目を果たせば済む話ではない。
話が全然違うじゃないか。

 役目を無視したことは、私を嫌うよりも私には重罪なのだ。遠ざけさえすれば済むものを、それらを同時に行った。


「ずっと、誰にも触れさせないで、守り通すんだって──うちは、そうやって続いて来た家なんだ。

悪魔だから、周りから遠ざかって
。44街からお触れだって出てたくらいに、厳重に私に、誰も触れさせないようにしてきた。家族だって追い払うくらいに慎重になってきた」


 さすがにデモが収まっている深夜。
カグヤにこれまでのことを話しながら、私たちは外に向かっている。
カグヤの家には、椅子さんの病院があるらしい。
 家に、キムが集まってきたのは、観察屋が直接私に触れたのと同じくらいの時期。家が、まさか、あんなに荒れるなんて思ってもみなかったけど……
観察され続けているくらいだ。
いつかは起きたことかもしれない。

 こうなったら私以外を家に入れておいていいかわからない。とにかくみんな出てほしいというと、カグヤが寄って行かないかと声をかけてきた。そのまま道中で椅子さんを何に使ったか聞かれて、敵を倒していたという話になった。


「子どもを入れた呪具は母親を求める。
大人を入れた呪具は、子どもを求める。
不幸を入れた呪具は、幸福を求める。
好きを奪われた呪具は、好きを求める。避けるものが、決まっている。
 強く、強く、呪うために、恨むものは、指定されてる」

 だから私はただ、真っ直ぐ、誰からも好かれず、誰から嫌われたって、嫌われる役を全うすれば良かったし、それで済む話だった。私は悪魔で居れば良かった。ずっと町ぐるみで他人を避けてきているのに、いきなり歓迎するという陽キャな考えは通用しない。

「だからね、私も、他人を好きになる人を恨んでいる。
私をそこに、あなたの感情に巻き込まないでって、私、は痛みや寂しさよりも守りたいものがあったから。
なのにその、捨ててきた感情で、もっと大事なもっと守りたかったものを、壊そうとした」

失くしたけれど、確かにあったものだ。
キムがまた起きてしまったけれど──

「変な話だな」

口を挟んだのはアサヒだった。

「ずっと裏でこそこそ観察しておいて、孤独かどうかなんて前提」

「ううん、たぶん、私がキムを眠らせていられるための暗示だから関係ないの。
 此処に人間の家族を入れない、人間の恋人も入れない、私との繋がりを作らない、入れないことで私しか認識しない、私しか認識しなければ、キムは起きて来なかったのに」

アサヒたちは、うっすらと戦いのことは把握していたようだが私から改めて話を聞くのはまた違う新鮮さがあるようで、 さっきから、ほとんど静かに聞き入っていたがカグヤに話終えたあたりで緊張がとけてきたように会話に加わった。
「観察屋がそこまで理解しているとは思えないな。ハクナだってそうだ」

 アサヒの意見では、役目も私も無視して観察しているくらいだから、何か別の私的な理由があるのではないかという。

「攻撃だって、独断的過ぎる──強制恋愛条例に観察義務はないはずだが。
それに誰も近寄らないようにしてる家ってなら、さっき居たコリゴリとは別の、あの男は、なんなんだ?」

「え?」

「がたいのいいおっさんだったが……何か、家に居た小さい怪物みたいなのをまとめて消してから帰って行った」

「あぁ────来ていたんだ」

 椅子さんを胸に引き寄せながら、ごちゃごちゃしている感情を隠すように笑う。

「たぶんあの人だろうけど、わからない。私には、何にもわからない。
親が本当に親なのかも知らないからな」

 生れたばかりの小さい頃だけは、うっすらと家族が居たような記憶がある。
知らない人が常に家を出入りして、私以外が知らない人の話をして盛り上がる。
私は周りが知らない人の話をして盛り上がる中で初めての孤独を経験する。
彼らと私との別れが、その時点で既にわかっていたからかもしれない。
独り暮らしを始めても、全く寂しくなかった。




「全然会話に入れなくって」

「あれでしょ、屋号とかお客さんとか、
昔の知り合い何でも話題にするから、子どもは入れないやつじゃん」

「そうそう」

「うちも、活動家の話や、政治家の話をするから、ママが何を言ってるか全然わかんないままだった」

女の子が頷いて会話に加わった。

「家具屋さん家、昔からの家具屋さんだから、うちきょーだいいっぱい居るくせに、末には何の話もしてなくってさ、
宇宙人と同居状態。もう家とか全然わかんない。完全アウェイだわー、家庭内孤立。食事する場所、みたいな? もうコミュニケーションは諦めました」

「どこも、そんなもんなんだ……」

 少し視野が開けたような気がした。
屋号とか、昔からの付き合い、親同士の家の話、何を言っているかは全く伝わらないそれらをBGMに、ただ養育の感覚がそこにある、不思議な空間。

「長男長女と親は連帯感あるけど、
その他はこいつら何言ってんだ?
状態で育つから、どっか違う~ってことで、うちも、あまりアットホームでは無いわけだけどまあ気にすんな!」



 しばらく坂を上り、言われた道を曲がり、奥へ奥へ歩いていくと、大きな一軒家に到着した。すぐ裏側に店が隣接しているらしい。
 ガラガラ、と引き戸を開けて「ただいまー」とカグヤが叫ぶが、中からは反応がない。
あちこちから木のにおいがする。電気をつけながら、カグヤはあがってあがってとこちらをせかした。
「たーだーいーまー!」
のっそりと、小さな目を瞬かせる白髪のお爺さんが出てきて、彼女に話しかける。
「あら、お客さん、あのヤスダンとこはこの前うちと騒ぎになったから、」

「おじーちゃん、何いってるかわかんないよっ! 友達友達! ごめんねぇ!」

カグヤは明るく謝りながら、さ、靴をぬいでと気にかける。

「おい、あのときは自転車がなぁ本当に大変だったんだぞ。またカワノたちと来てるかもしれん、ちゃんと身元は」

「おじーちゃん……!」

お邪魔して良いのだろうかと焦りながら一応中に上がる。横ではカグヤがおじーちゃん、さんに必死に何か説得していた。
「誰彼構わずそういうのやめてよー」
「ミチ、忘れたのか? エダマメの逆襲を、ナカハラの途中にあるあの坂の」
「私、カグヤだよ! ミチとなんの話してんの? それ何語? 大丈夫?」
「敵を見たら打つんだ、ミチ!」
「おじーちゃあん!」
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