椅子こん!
おばあちゃんと夕飯
案内された通りに玄関から角を曲がると、台所になっていた。組み木の床がお洒落なダイニングだ。
「帰ってきたか」
部屋から油が跳ねる音とこんがりと何かが揚がる音がする。
菜箸を手にした白髪のおばあさんが糸のような目を細めてカグヤに声をかける。
「おや、お客様まで。よく来たね」
「ただいまおばあちゃん」
「みゃん……今コロッケを作ってるんだ、もうすぐ終わるから」
みゃんというのは方言のようなもので、地域のお年寄りがよく発することがあった。深い意味はないが、相づちのようなものらしい。
「はーい、手を洗ってくるね!」
テーブルにはクッキングシートを敷かれた大皿に、エビフライ、唐揚げ、ポテト、そしてコロッケが沢山並んでいる。美味しそうだ。そう言えば夕飯はまだだった。アサヒたちも感じていたらしく、
並んでいる料理に目を輝かせた。
「食べてくでしょ?」
カグヤがドヤ顔で三人に聞いてくるので私たち三人はあわてて頷く。
そして夕飯完成までまだ早いので、一旦二階に行きカグヤの部屋で待機することとなった。
カグヤがドアを開けた先の部屋は、ベッドとクローゼットと机のあるシンプルな個室だ。
「入ってー」
と中に通され、壁際に立て掛けてある折り畳み式のテーブルを部屋の真ん中に置き──それをみんなが囲むと改めての本題だった。
「みゃん、改めて紹介する。私はカグヤ。恋愛至上主義に反対してるんだ」
「理由、聞いていい?」
私が言うと、もちろん、とカグヤは笑った。
「うちの父、すごいチャラ男でさ、
スキダを乱発する機械みたいになってて治らない。それが原因で、何回か家庭崩壊しかけてる。
浮気のたびに母が取り乱すのが怖くて、父に張り付くように観察するうちに、いつしかスキダが生まれる瞬間がわかるようになっていた。家庭を破壊する「病気」が許せなかった。私の平和を脅かす
病気。
学校に行ってもみんな好きな人の話をする。仲の良い両親だとか、浮気がない家庭とか、そんな話をする。
恋愛のせいでクラスに馴染めない。
恋愛のせいで、私は孤立した。
恋愛のせいで、嫌なことが沢山あった。
何回か44街では恋愛に反対した近所の家の焼き討ちがあった。
私と唯一気が合ったクラスメートの家が、父の浮気に絡まれたこともある。
許せなかった。
全部、許せなかった」
恋愛がいけないんだ、誰かに執着してしまうこの病気がいけないんだって気付いた。
純粋にぬくぬくと一途な恋愛をする他人からの好意も壊して恋愛至上主義が作るこの戦争も、爆撃も全部を壊してやりたい、
台無しにしてやりたい。
「恋愛を破壊して、私は今度こそ平穏を手にいれる。そう思うようになった。
スキダが生まれる瞬間に、まだ雑魚なうちに破壊しちゃえば良い。他人のも全部、全部、私たちが撲滅して、早いうちに処分しちゃえばいい。私はもう、恋愛による犠牲者を出したくない」
「カグヤ……」
カグヤは優しく、そして強い志を持って恋愛に反対している。
「なんか、感動しちゃった」
私はつられて涙ぐんだ。
理由は違えど、彼女もまた、恋愛という病気の制御できない狂気に脅かされ、生活を壊され、毎日のように他人のスキダに怯えてきたんだ。
あれを、市が推奨していること、恋愛の強制反対が表に出ないようになっていることは異常事態だ。
恋は病気。病気を広めて利益が出る存在があるわけだ。
女の子も目を潤ませ、小さく拍手していた。彼女も恋愛の犠牲者だ。
「あなたたちなら大丈夫そうだし、今度また、友だちも紹介するね☆」
アサヒは、一人、なんだか渋い顔をしている。
「どうかした?」
私が聞くと、アサヒは辺りを見渡しながら聞いた。
「……この家、なぜ、その……」
アサヒは、ちらりと女の子の方を見る。
それから私を見た。
「恋愛に反対してて、焼き討ちに合わないか?」
カグヤが聞き返す。
案内された通りに玄関から角を曲がると、台所になっていた。組み木の床がお洒落なダイニングだ。
「帰ってきたか」
部屋から油が跳ねる音とこんがりと何かが揚がる音がする。
菜箸を手にした白髪のおばあさんが糸のような目を細めてカグヤに声をかける。
「おや、お客様まで。よく来たね」
「ただいまおばあちゃん」
「みゃん……今コロッケを作ってるんだ、もうすぐ終わるから」
みゃんというのは方言のようなもので、地域のお年寄りがよく発することがあった。深い意味はないが、相づちのようなものらしい。
「はーい、手を洗ってくるね!」
テーブルにはクッキングシートを敷かれた大皿に、エビフライ、唐揚げ、ポテト、そしてコロッケが沢山並んでいる。美味しそうだ。そう言えば夕飯はまだだった。アサヒたちも感じていたらしく、
並んでいる料理に目を輝かせた。
「食べてくでしょ?」
カグヤがドヤ顔で三人に聞いてくるので私たち三人はあわてて頷く。
そして夕飯完成までまだ早いので、一旦二階に行きカグヤの部屋で待機することとなった。
カグヤがドアを開けた先の部屋は、ベッドとクローゼットと机のあるシンプルな個室だ。
「入ってー」
と中に通され、壁際に立て掛けてある折り畳み式のテーブルを部屋の真ん中に置き──それをみんなが囲むと改めての本題だった。
「みゃん、改めて紹介する。私はカグヤ。恋愛至上主義に反対してるんだ」
「理由、聞いていい?」
私が言うと、もちろん、とカグヤは笑った。
「うちの父、すごいチャラ男でさ、
スキダを乱発する機械みたいになってて治らない。それが原因で、何回か家庭崩壊しかけてる。
浮気のたびに母が取り乱すのが怖くて、父に張り付くように観察するうちに、いつしかスキダが生まれる瞬間がわかるようになっていた。家庭を破壊する「病気」が許せなかった。私の平和を脅かす
病気。
学校に行ってもみんな好きな人の話をする。仲の良い両親だとか、浮気がない家庭とか、そんな話をする。
恋愛のせいでクラスに馴染めない。
恋愛のせいで、私は孤立した。
恋愛のせいで、嫌なことが沢山あった。
何回か44街では恋愛に反対した近所の家の焼き討ちがあった。
私と唯一気が合ったクラスメートの家が、父の浮気に絡まれたこともある。
許せなかった。
全部、許せなかった」
恋愛がいけないんだ、誰かに執着してしまうこの病気がいけないんだって気付いた。
純粋にぬくぬくと一途な恋愛をする他人からの好意も壊して恋愛至上主義が作るこの戦争も、爆撃も全部を壊してやりたい、
台無しにしてやりたい。
「恋愛を破壊して、私は今度こそ平穏を手にいれる。そう思うようになった。
スキダが生まれる瞬間に、まだ雑魚なうちに破壊しちゃえば良い。他人のも全部、全部、私たちが撲滅して、早いうちに処分しちゃえばいい。私はもう、恋愛による犠牲者を出したくない」
「カグヤ……」
カグヤは優しく、そして強い志を持って恋愛に反対している。
「なんか、感動しちゃった」
私はつられて涙ぐんだ。
理由は違えど、彼女もまた、恋愛という病気の制御できない狂気に脅かされ、生活を壊され、毎日のように他人のスキダに怯えてきたんだ。
あれを、市が推奨していること、恋愛の強制反対が表に出ないようになっていることは異常事態だ。
恋は病気。病気を広めて利益が出る存在があるわけだ。
女の子も目を潤ませ、小さく拍手していた。彼女も恋愛の犠牲者だ。
「あなたたちなら大丈夫そうだし、今度また、友だちも紹介するね☆」
アサヒは、一人、なんだか渋い顔をしている。
「どうかした?」
私が聞くと、アサヒは辺りを見渡しながら聞いた。
「……この家、なぜ、その……」
アサヒは、ちらりと女の子の方を見る。
それから私を見た。
「恋愛に反対してて、焼き討ちに合わないか?」
カグヤが聞き返す。