椅子こん!
3.ドキドキの恋愛って、こうでしょ!?








学生たちの戦場
「告ー白!」


「告ー白!」

「ノハナちゃんは、先生と付き合ってるんだって!」


付き合う、が目新しい文化になっている現代で、その噂が流れることが意味するのは『いじめ』だった。

「私、牛じゃないもん! 付き合うって、何なのよ! ねぇー! 私、ツノないんだよ? なんでつきあわなきゃいけないのー?」

意味のわからない、侮辱的な言葉がまず襲いかかった。腹が立つ。
 しかしこの旧人類の語彙力を気にしている場合ではない。「スキダ」を手に入れたら「告白」というミッションが課される。告白というミッションがどのように行われるかは、皆が、見守り、やらない場合には残酷な刑が待っている。

「うわああああああああああ!」


ノハナは走った。ひどく錯乱してはいたけど、要ははやく終わらせればいい。
途中、恐怖で足がすくみ、コンクリートの地面に頭を打ち付けた。

「あーっ!あーああああっ!」

血が流れる。皮膚がヒリヒリと鈍い痛みを貼り付けたようになる。

「うああああーっ!あああああああー!!あああああーあああああー!!」

告白が何をすることか、よく知らないが、
彼女は近くにあった鏡の前にふらふらとしゃがみこみ、叫んだ。怒りと、激しい悲しみ。ドキドキと胸が高鳴ってこの足元がぐらぐらと揺らぎ、震えが止まらない。
逃げても、残酷な刑が待っているし、逃げなくても、こうやって戦場に向かうだけだ。

「告白ー! 告白ーっ! うわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああうわああああああああああー!!」

楽になりたい。楽になりたい。
楽に。
付き合う、をする必要を思いだし、鏡に向かって突進する。わけがわからないなりに告白と叫べば、告白になる気がした。
こんなものがどうして面白いのだろう?

カシャーン!

 鏡が割れた。
案外軽い音がして、辺りにガラスが舞った。光の粒となり制服にこびりつく。
それは彼女の皮膚を切り、顔や腕から血を滴らせた。痛い。痛いけれど、それよりも
このいじめの方が痛い。
「好きー! 好きー! はやく終わって! はやく!」
怖い。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

なんでこんなことが楽しいんだ!!

 クラスメイトは彼女の告白にときめいていたけれど、あえて上げるなら、鏡にではなく噂のある先生にしなくてはならないので、パチパチと拍手を送ったあと、ふたたびコールが始まった。

「え……」

勇気を出したのに……
つきあうも、告白もしたばかり。
彼女は青ざめた。
 あとから思うと、廊下の鏡の木枠に好意を抱いていたからの行動だがこのときはただ間違えたのだと思った。

「わかった」

だから、胸元に忍ばせている短剣を手にした。鞘から抜き取り、軽く構えて職員室の方向を睨み付ける。

ここは中学校の職員室の途中の廊下。
鏡は廊下にあったものだった。

「先生をだしな!!」


生きるか死ぬか。

額から汗が溢れる。

まさか、当人でなければ、ミッションが成功ではないとは。

周りのクラスメイトは、一気に沸き立った。
「先生なら職員室だ」
クラス委員のコメコ女史がメガネを動かしながら言う。

「ひゅー!!」
「告ー白!」
「告ー白!」

 この前、告白で死んだやつが出たばかりなのに。どうしてみんな、この陰湿な遊びをやめられないのだろう。「告白」は、体よくいじめをするために始まった文化。
そして恋愛は人殺しを減らすために始まった文化だと言われている。

「告ー白!」
「告ー白!」

ぱち、ぱち、と手を打ちならしているギャラリーはみんな目がにやけており、不気味に口元が歪んでいた。

「妄想が、捗るわ!」

「一日の憂さ晴らし!」

『また、見せてね!』

好き好き好き好きって、バカみたい。
みんな、
思わないの?

「ナナワリ。はやくスキダって、言った方が身のためだぜ?」

 ひゅんひゅん、と輪っかを投げ回しながら坊主頭のクトーが笑った。もう、おかしくっておかしくってたまらなかった様子。
 スキダが与えられた者は人権を無くすことが決まっていた。7割くらい。ナナワリとも言われている。

制服のスカートをきゅっと握りしめて、職員室に特攻する。
ギャラリーは面白がってディフェンスに走った。

「邪魔を!するなぁあああ!」

ガラスの破片が舞った。彼女の血も舞った。身体中が痛いけれど、立ち止まれば殺されてしまう。
彼女はスキダを手にする予定はなかった。

昇降口下駄箱テロにより、数名に
ラブレターといわれる脅迫状が送りつけられたことから始まったのだ。
中身は、

魚の形をした半透明なクリスタル。
『スキダ』だった。

スキダなんていらない。
ミッションに走らなきゃいけない。
けれどそれは強制措置であり、断ったとしても、親族や血族にスキダを回されることが決まっていた。
 ただし、スキダを欲しがる人もいる。
なんとこれ、粉にして吸うととてつもない快楽が得られるらしく、『ビッチ』たちの間では大人気。ビッチたちはスキダを渡される人を侮蔑で『マクラ』と呼んだりした。枕営業のことだが、恋愛が戦争な今、そんな言葉を喜ぶのはむしろ彼女たちくらいだった。彼女たちの語彙力は低いのだろう、ずっと、告白とか付き合うとか、恋愛関係のことしか言わない。恐らくは性に関した言語でしか他人を表せないのだろう。

 とにかく、スキダを手にすることは、対立候補や対象と戦い生きるか死ぬかということ。個人の感情など関係なく行われるテロだ。

 職員室のドアに向かう彼女は途中でずらりと並んだ女性たちを見た。
『スキダ』を手にしたいので邪魔してやろうと待ち構えている、ビッチ集団の『コネコネ』だった。
「コネコネ!」「コネコネ!」
コネコネは、特有の奇声を上げて嘲笑しながら、小型の銃を向けてくる。
水鉄砲だが、中身は「何」かわかったもんじゃない。
似たような顔の5、6人の女の子たちがずらりと並んで真っ先に彼女に詰め寄った。

「はずかしいんでしょ!」

「そうでしょ、そうでしょ!」

「緊張でしょ!」

「そうでしょ、そうでしょ!」


一見ポジティブな言葉を向けてくるけれど、当事者にとっては、あまりにも最低な言葉。
ただ、彼女たちがわかることは無いのだった。


「緊張でー! こんなに怒り狂うかああああああ!!」

彼女は、コネコネ全員にあたるようにスクールバッグの持ち手を握り、回転する。
密着してきていたのもあって、全員がスクールバッグに頭をぶつけた。

「きゃあ!」「きゃあ!」
「きゃあ! 」「きゃあ!」

「全く、人を侮辱しないで」

よろけたコネコネはすぐに起きあがり、彼女を囲い込もうと腕を伸ばしてくる。
窓の外ではヘリのプロペラのような音がしている。

「観察さんだ!」

「きゃあ!観察さんだ!」

「観察さんだ!」

「観察さーん!」


コネコネは、彼女を放り出すと慌てて、窓際に向かって走り出した。観察さんは屋上のヘリポートではなく、校庭にどうにか着陸し、廊下にいるこちらに向かって手を振る。忍者のような頭巾をかぶっていてサングラス。顔はよくわからなかった。

「今日も、いいのが撮れたよー!」

首に下げている大きなカメラを掲げて、観察さんは叫んだ。

「観察さぁん!」
「観察さぁん!」
「観察さぁん!」
「観察さぁん!」


観察さんは、学校も国も公認の写真やさん。別名は盗撮やさんだ。
窓際からいろんなVIPや芸能人や近所の奥さん、クラスの可愛い子からイケメンまで、あらゆる写真を撮り売り渡している。

「今日もお仕事ですかぁ~」

女子生徒が一人、窓を開けてそこから外に這い出てくる。
他の数人が続いた。
観察さんは彼女たちにモテモテている。
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