椅子こん!
正義
麻薬
公民館の一室を借りて行われる定例会。禿げた男……タイクレーが壇上に立ちながら資料の紙を近くのスクリーンに映す。
「私はヒューマン以外と、異常性癖の持ち主のデータを役場と戸籍屋のツテで洗い直しました。
まだ恋人届が出されていない三割のうち、1割近くの精神異常者や自殺者があります。精神異常者にも恋愛をさせますか?」
椅子に座る会員たちがざわつく。精神異常者についても出来れば適当に相手を作るようにとなっているが、義務教育辺りまでの子どもと同じ引き延ばし措置をしている段階だ。
しかし、当然処刑を恐れて精神疾患のふりをする者も居り、厄介な管理となっていた。
会長は、まぁあ、と口をおさえて驚いた。
「そうだったわ」
どのみち自殺者を増やして居ては、国や支援者からも恋愛総合化活動が怪しまれる。
「精神に異常がある場合は、病院を勧め、幸せになるお薬を差し上げましょう」
「畏まりました、ボーレ製薬に手配しておきます」
スキダを粉にすることで促進剤が精製出来ることは、学会の息がかかった製薬会社の惚れ薬の開発中に伝わっている。
学会が風俗を利用して中身の無いスキダを提供することも出来るので取引が成立していた。
恋愛感情は無料で手に入る、人間にとって最も手軽な麻薬として重宝されあちこちに流行っている。促進出来れば出来るだけ良い金蔓になり得た。
拍手が巻きおこる。
「それって、大丈夫なんですか? 真の、真実の恋とか……じゃなくて……薬で」
まだ会に入ったばかりの女性が挙手した。
禿げた男が笑顔を見せる。
「薬の心配ですか、合法なものですよ、ただ、深層心理の理解を深め背中を押してくれるだけのもの。それに、誰でも恋愛感情を持ち得ますからね、捜査の手がまさか恋心に及ぶことはありません。
プライバシーの侵害だかなんだかになります」
ほっ、と女性が胸を撫で下ろす。
恋愛を強制的にでも決定し、世界をこの合法な麻薬漬けにすることは後の貿易の為にも、多幸感を増幅して魔を寄せ付けない為にも一番有効な手段でもある。
「恋愛を勧めることは恋愛学者がすでに行って居ますし、もし恋心が違法なものなら恋愛のれの字すら口には出来ません。私たちは幸せな恋愛で世界から悲しみを救済するのです」
会長がみんなの前まで来て、高らかに告げた。
「魔のものは、恋愛や幸福が嫌いなのです!
取り入る隙を与えないような恋をしていれば、怪物は現れない!」
怪物を遠ざけ、世界を救済する。多幸感に満ちた人々は永遠の幸せを得る。
それが恋愛総合化学会の素晴らしい教えだった。恋愛には運命のつがいがいる、として恋愛がまだな人々も、多幸感のお裾分け《ギフト》などで勧誘している。
自分自身のせいではなく、つがいが現れていないからだといって慰め、多幸感からまずは高めようという具合だ。恋愛促進剤のお薬もこの一貫、幸せな救済措置なのだった。
「私にもつがいが現れますかね」
まだ雑役だが大分馴染んだ男性が挙手をする。
「大丈夫ですよ。トリオキニさんがギフトで恋愛の素晴しさを広めれば必ず現れます」
「はいっ! がんばります!」
会を締めるときなどのコールが一斉に上がった。
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」
「恋愛サイコー!
胸キュンキュン!」