淡雪のように、消えていった。
「話聞いてくれてありがとね!」

 特に何もしていないのにお礼を言われた。

 お姉さんは、近くに立っていた木の方向に向かって歩いていった。そして、折れて垂れ下がっている木の枝に触れ、それを立たせて他の強そうな木の枝に寄りかからせた。この枝は、まだ木と微妙に繋がっているから、これからも生きていられる気がした。

 雪が完全に溶けてしまえば、彼が遺したこの足跡の気配も完全に消えてしまうのだろう。

 お姉さんが戻ってきて「そろそろ帰ろうかな。途中まで一緒に帰る?」と誘ってくれた。私は頷き「ちょっと待っててください」と言い、手袋を脱ぎしゃがむと、私の手を彼の足跡の気配と重ね合わせた。久しぶりに冷たさを感じた。

 私はいつからか、人前で泣けなくなって、笑えなくなって、話すのが怖くなった。

 泣けなくなった理由は、幼い頃、叔母さんに「泣かないし、大人しくてえらいね」って言われたから。
 
 笑えなくなったのは、小学五年生の頃、初恋の人に「その笑顔がなんか、怖い」と言われたから。

 そして、人と話すのが怖くなった理由は、死にたいと言いながら家を出ていった日まで、母の機嫌を損ねるような発言を私がすると、その度に叩かれていたから。

 泣かないのがえらいのか、じゃあ泣かない。
 笑顔が怖いのか。じゃあ笑わない。
 叩かれるのが嫌だから余計な事は何も言わない。
 そんな考えで生きてきた。

 けれど、中学三年生の時に彼が言ってくれた言葉

「笑ったらいいよ。うん、可愛い」

 その言葉をあの時から、繰り返し繰り返し彼が頭の中で唱えてくれて、少しずつ呪いを解いてくれた。あれから人前で笑う事も、泣く事も、人に自分の気持ちを話す事も、もしかしたら怖くないのかもしれないと思えるようになってきた。

 そして、彼の前では自然に笑えたし、泣けた。話す事も出来た。彼が呪いを解いてくれた。

 ――本当に彼を好きになって良かった。

 人間は、常に生きると死ぬの間で生きている。私も次の瞬間どうなるのか分からない。

 彼は、亡くなった。私と会った次の日の朝から行方不明になっていて、川で発見されたらしい。

もしかしてまた行きたくなって、さまよっていたら足を滑らせたのかもしれないし、自ら飛び込んでいったのかも分からない。

 彼はあの時、“幸せ”という言葉を口にした。もうそれすらも本当なのか分からない。止めた時、一緒に川に飛び込んでしまえば、彼と両思いになれたのかな?

 現実を受け入れられないし、会いたくて、苦しくて、心が押し潰されそう。

 自殺の原因は……。ってテレビで分析されていたりするけれど「いや、私はその理由違うと思う。何故勝手にそうだって決めつけるの?」って事がよくある。

 真実は分からない。だって、中学の時、私がこの世界から消えようとした時だって、本当の理由は周りの誰も知らなかったのだから。

 彼はずっと淡雪みたいに、すぐに溶けそうな状態だったんだ。それすらも周りは気づいていなかった。

 彼への想いは、私が生きている限り一生消えない。恋焦がれたまま。心の中でずっと泳いでいる。

 消えていった彼にずっと、片思い。

 やっぱり片想いは切ない。でも、彼と最後に見たダイヤモンドダストの影響で美しい世界ともなった。

 彼と見た事で、意味を持ったあの景色。

 ――片想いは切なくて、美しい世界。

 今は苦しい気持ちの方が多いけれど、いつか純粋にそう思える日が来るのかな?

 
 帰り道。あの日、彼と歩いた時に見た、商店の大きなつららは小さくなっていて、水滴が落ちていた。まるで泣きながら「生きて」と私に語りかけてくれているように。
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