淡雪のように、消えていった。
*回想 中学二年生の冬。
私は母に「死にたい」と言ってしまった事がある。
特にいじめを受けているわけでもなかったけれど、学校ではいつもひとりでいた。自分からクラスの人達に話しかければ友達が出来て、楽しい学校生活が送れたのかもしれないけれど、それは出来なかった。何か変な事を言って怒らせてしまったり「何この人」なんて思われたら、嫌だなと思っていたから。ただ話しかけるだけで、そう思われてしまう可能性だってある。
家でも、部屋に短い時間なのに閉じこもっていれば「それはよくないから居間に来なさい」と注意されていたし、居間にいけばずっと母が私に語りかけてくる。宿題をしている時も問題を解きながら母の、人の悪口とかどうでも良い話をずっと聞いていたから、宿題に集中する事さえ出来なかった。気持ちを休める場所はなかったし、日々孤独を感じていた。
「悩みがあれば相談してね」なんて言葉は、そうじゃない人もいるのかもしれないけれど、ただの偽善者になりたい人の言葉だとしか思えなくて、悩み事があっても打ち明けられる人もいなかった。そんな日々を過ごしていた。
ある日の夜、母と大喧嘩をした。原因はくだらない。いつものように語りかけてきた後「どう思う? 私は悪くないよね」って聞いてきて、私はそれを「分かんないなぁ」と流すように言ってしまった。いつもみたいに母の機嫌だけを気にして、ただ肯定しておけば良かったのに。だって、悪口ばかり言う人の一方的な一部の切り取りって、なんだか嘘っぽいんだもん。めちゃくちゃ怒ってくるからその時、私の心も噴火して「もう、死にたい」とその言葉を母に投げ捨てると、思い切り頬を叩かれた。
私は勢いよく家を出ていった。川に行き、飛び込んでしまおうと思ったけれども、簡単には出来なくて、川の目の前の、深い雪の中でうずくまりながら大きなため息を吐いた。雪の冷たさも感触も感じなかった。
しばらくして家に戻った時、母は「生きて……」と、それだけ言うと私を抱きしめ、今まで見たこともないくらいに大泣きした。私は全てが乾ききっていて一粒も涙をこぼさなかった。むしろ「もう私に命令なんてしないで」なんて言いたかったけれど言えなくて、心の中でそう思いながらとても冷静に、取り乱している母をみていた。
*
「死にたい」
その言葉はこんなにも重たくて、こんなにも聞く事が辛いなんて、当時は全く思っていなかった。
周りの景色をひとつも感じず、そんな事を思い出しながら歩いていると、自動販売機に着いた。
とりあえず私は、五百円玉だけ持ってきていたので、それで温かいコーンスープの缶を四本買うと、コートのポケットの左右に二本ずつ入れた。
私は母に「死にたい」と言ってしまった事がある。
特にいじめを受けているわけでもなかったけれど、学校ではいつもひとりでいた。自分からクラスの人達に話しかければ友達が出来て、楽しい学校生活が送れたのかもしれないけれど、それは出来なかった。何か変な事を言って怒らせてしまったり「何この人」なんて思われたら、嫌だなと思っていたから。ただ話しかけるだけで、そう思われてしまう可能性だってある。
家でも、部屋に短い時間なのに閉じこもっていれば「それはよくないから居間に来なさい」と注意されていたし、居間にいけばずっと母が私に語りかけてくる。宿題をしている時も問題を解きながら母の、人の悪口とかどうでも良い話をずっと聞いていたから、宿題に集中する事さえ出来なかった。気持ちを休める場所はなかったし、日々孤独を感じていた。
「悩みがあれば相談してね」なんて言葉は、そうじゃない人もいるのかもしれないけれど、ただの偽善者になりたい人の言葉だとしか思えなくて、悩み事があっても打ち明けられる人もいなかった。そんな日々を過ごしていた。
ある日の夜、母と大喧嘩をした。原因はくだらない。いつものように語りかけてきた後「どう思う? 私は悪くないよね」って聞いてきて、私はそれを「分かんないなぁ」と流すように言ってしまった。いつもみたいに母の機嫌だけを気にして、ただ肯定しておけば良かったのに。だって、悪口ばかり言う人の一方的な一部の切り取りって、なんだか嘘っぽいんだもん。めちゃくちゃ怒ってくるからその時、私の心も噴火して「もう、死にたい」とその言葉を母に投げ捨てると、思い切り頬を叩かれた。
私は勢いよく家を出ていった。川に行き、飛び込んでしまおうと思ったけれども、簡単には出来なくて、川の目の前の、深い雪の中でうずくまりながら大きなため息を吐いた。雪の冷たさも感触も感じなかった。
しばらくして家に戻った時、母は「生きて……」と、それだけ言うと私を抱きしめ、今まで見たこともないくらいに大泣きした。私は全てが乾ききっていて一粒も涙をこぼさなかった。むしろ「もう私に命令なんてしないで」なんて言いたかったけれど言えなくて、心の中でそう思いながらとても冷静に、取り乱している母をみていた。
*
「死にたい」
その言葉はこんなにも重たくて、こんなにも聞く事が辛いなんて、当時は全く思っていなかった。
周りの景色をひとつも感じず、そんな事を思い出しながら歩いていると、自動販売機に着いた。
とりあえず私は、五百円玉だけ持ってきていたので、それで温かいコーンスープの缶を四本買うと、コートのポケットの左右に二本ずつ入れた。