ボレロ  ~智之の母、悦子の章

「今は 携帯とか メールとか 簡単に連絡が 取れるけど。その頃は 家の電話しか無いじゃない。お父さんに 電話番号を聞かれたのも その頃だったわ。今夜 電話するね、って言われると 私 電話の前で 待っていたわ。家族が出る前に 私が 電話を取れるように。電話で 少しずつ お互いのこと 話して。その頃から 一緒に お昼を食べたり。私のバイトが 無い日は 一緒に帰ったり。回りからは 恋人だって 思われていたわ。」


「若い頃の お父様って どんな感じだったんですか?」

お姉様が聞いて 私も 知りたくて 頷く。

「今と変わらないわ。穏やかで。冗談ばかり言って。感情に浮き沈みがなくて。一緒の時間が とても 居心地良いの。私の父や兄も 穏やかな性格だったけど。ご近所には 短気な人や 強情な人もいたから。私 そういう人は 嫌いだったの。」



「当時は デートって言っても 喫茶店で 話すばっかりで。あとは 映画を見るくらい。ちょうど ボーリングが流行り始めた時で。時々 ボーリングにも行ったわ。いつでも お父さんと一緒にいると 楽しかったの。お父さん 優しいし。とても 楽しそうに していたから。そんなお父さんを 見ることが 私も 楽しかったの。」


「そのうち 私のバイトが 終わるまで 待っていて 家まで 送ってくれるようになったの。私 断ったのよ、待たせて悪いから。でも 図書館で 勉強しているって言って。バイトが終わる 時間まで。女の子が 遅く帰ると 危険だからって。お父さん、その頃も 松濤に住んでいたでしょう。深川まで送ると 随分 遠回りになるのに。全然 嫌な顔しないで。それが 嬉しかったの。」


「2年に進級して 一緒の授業は なくなっちゃったけど。もうその頃は 恋人同士に なっていたから。ただ 一緒に帰ったり 日曜に 遊びに行くくらいで。今の 中学生みたいな 健全な交際だったけど。そんな時間が お互いを よく理解させてくれたのかもしれないわ。すごく色々なこと 話したもの。大学は 学生運動が鎮まったばかりで。新しい時代が 始まるような時だったから。」


時代は 違うけれど お父様とお母様の 青春。

やっぱり それは 輝いていたはず。


智くんと私が過ごした 幸せな時間と 同じように。



 




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