ボレロ  ~智之の母、悦子の章

「お父さんと 3年も 付き合っていて。色々なことを 話したけど。お父さん、会社のことだけは 言ってくれなかったの。4年になって 就職活動を 始める時。廣澤工業は 父親の会社だって聞いて。自分は 就職しないで 父親が経営している会社を 継ぐって言われたの。驚いたわ。会社、今よりは 小さかったけど もう有名だったから。まさか お父さんが そこの跡継ぎだなんて。」



「私達の年代って 今よりも 結婚が早かったのね。女の子は 25才までには 結婚する人が 多くて。だから 女子は 大学に行くと 売れ残るって 言われていたの。そんな時代でしょう。私 漠然と このまま お父さんと 結婚できたらいいなって 思っていたから。お父さんが 廣澤工業の息子だって聞いて 絶望したわ。」


「お父さん いつも 私を送ってくれて 私の家を 知っているじゃない。会社のことを言ったら 私が 身を引くって 思っていたみたい。その頃には もう お父さんは 私の家族とも 顔見知りに なっていたから。私を送った時 家族に見られて。お茶でも 飲んでいってって。ほら ざっくばらんな 下町だから。そのうち 私の家族と 夕食を食べて 帰ったり。お父さん 普通にしていたの。だから まさかねぇ。そんな立派な家の子だって 思わないじゃない?」


「私 証券会社に 就職が決まって。お父さんとは 大学を卒業するまでの 恋人だって 考えることにしたの。辛かったけど 気持ちを 切り替える努力して。お父さんのことは 諦めるしかないから。だって 結婚できるわけないじゃない?お父さんの家族が 私との結婚を 許すはずないし。」


お母様の言葉は お姉様も私も 経験した思いだった。


「お母様 強いわぁ。」

お姉様が 躊躇いがちに言う。


「強いもなにも…諦めるしかないでしょう?まさか 結婚できるなんて 思わないもの。」


「まぁ そうですよね。私も 智くんとの結婚は 諦めていました。」

「うん。私も…だから紀之さんに プロポーズされた時は 本当に 驚いたわ。」


私達は 三人とも 同じ道を 歩いてきた。


「フフフッ。沙織ちゃんも麻有ちゃんも 初めてウチに来た時 すごく緊張していたものね。」


「そりゃあそうよね、麻有ちゃん。」

「はい。私、絶対 智くんから 身を引いてって 言われると思っていたわ。」


お姉様も私も 心配を抱えて お父様とお母様に 会ったけど。 


お父様とお母様は 信じられないくらい 優しくて。

お姉様のことも 私のことも 受け入れてくれた。


「私達が 親の反対を押し切って 結婚したのに。今更 息子達の結婚に 反対するはずないじゃない。」


お母様は 心地良い笑い声を上げて 私達に言った。







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