ボレロ ~智之の母、悦子の章
「政之さんは 仕事から帰ってくると どんなに疲れていても 昼間のことを 話し合う時間を 作ってくれたの。紀之が 生まれてからは 育児のことや お義母さんに 言われたことなんか。フフッ、私が 一方的に 政之さんに 告げ口するだけの日もあったし。政之さんも 会社のことを 話してくれたり。
今でも 政之さん 色々 話してくれるけど。その頃から ずっと続いているのよ、その習慣が。政之さん、話すことは 大切だからって。子供達が 小さい頃も 時間を作っては 子供達の話しを 聞いてくれたわ。」
「私 嫁いでからの生活を そんなに辛いとは 思っていなかったの。生活環境が 全く違う家だったから 戸惑うことは あったけど。それは どんな家に嫁いでも あることでしょう。廣澤の両親は 紀之のことを 可愛がってくれたし。
私 お金の心配も したことなかったの。生活費は 義母が管理していたけど。必要な物は ちゃんと買ってもらえたし。女中さんが 買い物に行く時に 義母は 必ず 『悦ちゃん 何かいる物ある?』って 声をかけてくれたわ。それに 私、政之さんから たくさん お小遣いを もらっていたの。だから 自由に使えるお金も 十分にあったのよ。お金持ちの家でも お金を使わせてもらえない お嫁さんも いるって聞くけど。そういう点でも 私は 恵まれていたと思うわ。」
「紀之が 成長していくと 家の中が どんどん明るくなってね。義父は 無口な人だったけど 紀之のことは よくあやしていたわ。不愛想じゃなかったから。義母は 相変わらず 無神経な所は あったけど。悪意のある人じゃないって わかってきたから。私 だんだん 平気になっていたし。政之さんは いつも穏やかで 優しいし。
結婚前 実家の両親は すごく心配していたけど。“ 私 ちゃんと 廣澤家のお嫁さんになれたでしょう?” っていう 得意な気分だったの。お義姉さんに 会うまでは…ね。」