ボレロ  ~智之の母、悦子の章

私も お姉様も 何も言えなかった。


お母様は 笑顔で 話しているけど。

それは 想像できないくらい 辛い経験だったはず。


「また しばらく お義姉さんは 帰国しなくて。平和な生活は 戻ったの。翌年 智之を妊娠すると この家を 建て替えることになってね。今の、この家が できたのよ。小さな 紀之を抱えて 荷物を整理したり。仮住まいしたり 引越ししたり。妊娠中で 大変だったけど。前の家よりも プライバシーが 守られるようにって 政之さんが 考えてくれたことなの。いつ お義姉さんが 帰ってきても 大丈夫なようにって。
智之を 出産した後 私 しばらく 実家に戻っていたの。ちょうど その時 お義姉さんが 帰国していたから。産後の静養を兼ねて 少し長めに 里帰りしたのね。政之さんは 仕事の帰りに 毎日 来てくれるし。狭い家が 賑やかになってね。実家の両親は すごく 喜んでいたわ。」


「お義姉さんの 2回目の帰国は 智之の出産で 逃げ切ったのよ 私。それまで お義兄さんは ヨーロッパに赴任していたのね。イギリスとドイツ だったかしら。だから あまり帰国できなかったんだけど。千恵ちゃんが 小学校に入学する時 お義兄さんの 赴任先が 香港になってね。それからよ。お義姉さんが 毎年 夏に 帰国するようになったの。
海外旅行をする人も 随分 増えて。前みたいに 外国が 遠くなくなっていたし。その上 実際の距離も 近くなったわけだから。お義姉さんが 帰国しないはず ないわよねえ。
2回目に お義姉さんに 会ったのは 3年振りくらいだったけど。お義姉さんは 相変わらずだったわ。私のことは 完全に無視で。紀之が 不審に思うくらいね。」


「いくら 家を建て替えても やっぱり 一つの家だもの。同じ家の中にいて しかも 家族なのに。
『どうして 伯母様は 僕たちと話さないの?』って。紀之に 聞かれたの。
お義姉さんは 私だけじゃなく 紀之や智之のことも 無視していたから。子供なのに… 千恵ちゃんも 少し 大きくなっていたから。お義姉さんに 色々 言われているのか 私達とは 係わろうとしなかったわ。紀之が 無邪気に 話し掛けていたけど。軽く頷くくらいで。すぐに 客間に逃げてしまって。子供の教育にも 良くないわよねぇ。」





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