ボレロ ~智之の母、悦子の章
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「2回目に会った時 お義姉さんの顔つきが 変わっていてねぇ。表情がすごく険しくて。なんだか別人みたいになっていたの。よく、年を重ねると 内面が顔に出るって言うじゃない。お義姉さん 元々の顔立ちは 整っているのに。なんだか 意地悪な顔になっていて。驚いたわ。
内面が 顔に出るとしたら、お義姉さんは 幸せじゃないんだなぁって。私、その時に 思ったの。何が原因で 幸せじゃないのか それは わからないけど。ほら、私達 一言も話してないから。夫婦仲が うまくいってないのか。外国暮らしが 辛いのか。私には わからないけど。
せっかく お金持ちに生まれて。恵まれた子供時代を 過ごして。立派な肩書きの お義兄さんと結婚して。残念よねぇ。そりゃ、慣れない外国暮らしには 苦労は多いだろうけど。でも 家族を守る覚悟があれば 耐えられるじゃない。もっと 苦しい生活をしている人だって たくさんいるんだもの。
もし 家庭生活が 上手くいってなくて 私に意地悪をしていたなら。それで あんなに 意地悪そうな顔になってしまったのなら。全部が 悪い方へ回っているって。その時 私 思ったの。」
「私は 良い表情をして 年を取りたいって。心が満たされていれば あんな顔には ならないもの。顔立ちは お義姉さんみたいに 美人じゃないけど。いつも 幸せそうな、明るい顔をしていたいって。そうすれば 家族だって 笑顔でいられるじゃない。
あの頃 千恵ちゃん、いつも お義姉さんの 顔色を窺がっていて。子供らしい 無邪気さとか 可愛げがなくてねぇ。せっかくの 一人娘なのに。可哀そうだったわ。私は 自分の子供に あんな表情を させたくないから。お義姉さんの意地悪にも 負けないって思ったの。フフフッ。私も勝気よね。
お義姉さんは ただただ 私が 許せなかったのかもしれないわ。貧しい家から 嫁いだくせに 政之さんに 大事にされて。廣澤の義父や義母とも そこそこ うまくやっていたし。自分よりも 幸せそうな私が 憎かったのねぇ。
政之さんは 仕事が忙しくても 子供達のことを すごく大事にしていたから。子供達も 伸び伸びと 素直に育っていたの。お義姉さん そういうこと 全部が 気に入らなかったのよね。紀之や智之のことも 無視するなんて。そう思うよりほかに 考えられないもの。」
「でも…お父様が 家族を大切にできたのは お母様が 努力していることを 知っていたからですよね。」
お姉様は 見えない伯母様に 怒っているように
憮然とした表情で お母様の方を見た。
お母様は 優しい微笑みを浮かべ 静かに頷いた。
「政之さんは 私の父に 結婚を反対された時
『悦ちゃんのことは 僕が 必ず 守ります』なんて 言ったものだから。まさか お義姉さんに 嫌がらせされているなんて 実家の父に告げ口されたら 困ると思ったのよ。フフフ。
でも、そうねぇ…政之さんは わかっていたのかもしれないわ。私の 苦労や努力を。私なりに 頑張っていたもの これでも…」