ボレロ ~智之の母、悦子の章
「廣澤の義母は 義父より先に 亡くなったの。紀之が 大学に入学してすぐの頃よ。脳溢血で倒れて。意識が戻らないまま 半月くらいで。義父は 少し足腰が弱っていたけど。義母は 元気だったから 驚いたわ。70代の前半だったの。今ほど 長生きの時代じゃ なかったけれど それでも早い方だったわ。 義父の方が 年上だったし。義母が先に亡くなるとは 思わなかったのよ。
午後 突然倒れて。救急車を呼んで 病院に運んで。義父が 政之さんやお義姉さんに 連絡してくれたの。政之さんは すぐ病院に 駆け付けてくれたけど。お義姉さんが 病院に来たのは 随分 経ってからで。義母の意識がないってわかると さっさと帰ってしまってねぇ。政之さんも私も とても驚いたの。
お義姉さん それから 2,3回しか 病院に来なかったわ。いくら義母に 意識がなくても もう少し そばにいてあげてほしかった。政之さんも 呆れていたわ。
『元気な時だけ お袋を利用して。弱くなったら 見向きもしなのか。』って。
私は 毎日 病院に行って 義母の体を拭いたり 足をマッサージしたり。身の回りを整えてあげたわ。色々あった義母だけど 一緒に暮らしていたから。情もあったし。何より 私自身が 後悔したくなかったから。」
「義母の病室には 私がいるから。それでお義姉さん 来るのが嫌なのかと思って。
『私 病院に 行かない方がいいかしら?』って 政之さんに聞いたの。
『エッ? どうして?』政之さんは 驚いて 私を見たわ。
『お義姉さん、病室で 私に会うのが 嫌なんじゃないかと思って。』
『命に係わる時に そんなわがまま 通用しないよ。姉さんが来た時 悦子は 病室を出ているんだろう? それで十分だよ。姉さんのことは 気にしないで。お母さんの所に 行ってあげてほしい。』
『ありがとう。私も 悔いが残らないよう… できるだけ お義母さんのそばに いてあげたいから。』
『こちらこそ ありがとう。悦子に 任せっきりで すまないな。』って。政之さんは 寂しそうに言ったわ。
仕事が 忙しい時期で 政之さん、なかなか 病院に来れなかったから。お医者さんには 長くないことも 言われていたし。政之さんだって そばに居たかったと思うの。だから なおのこと お義姉さんが 許せなかったの。」