ボレロ ~智之の母、悦子の章
「廣澤の義父は 最初は少し躊躇しながら 話してくれたわ。
『イヤ、全部 私のせいなんだよ、悦ちゃん。私は お祖母さんと秀子には ずっと特別な感情を持てなかったんだ。お祖母さんは 望んで結婚した相手ってわけじゃないから。家族なんて そんなものだと思っていた。それでも 家族としての責任は 果たしていたから。それでいいと思っていたんだ。』
『でも 政之が産まれたとき…政之は 無条件で可愛くて。お祖母さんや秀子と 政之は全く違う存在だった。私は 政之に対して 初めて 肉親の愛情を感じたんだ。それが 秀子を歪ませてしまった。もちろん 自分では 秀子も政之も 同じように接したつもりだったけど。秀子は 敏感に感じていたんだと思う。』
『……』
私は 頷くだけで 何も言えなかったの。自分の子供なのに 同じように愛せないことが 信じられなかったし。
『お祖母さんにしてみれば 秀子が不憫でしようがなかったろうな。二人とも 同じ子供なのに 私の愛情が違うなんて 理解できなかったんじゃないかな。政之は 素直な性格だったから お祖母さんも秀子も 政之に 辛く当たることは なかったんだ。もし そんなことをすれば 私が黙ってないことも わかっていただろうから。その分 秀子は 悦ちゃんに 酷い事をしてしまったんだと思う。だから 全部 私の責任なんだよ。』
『そんなことないですよ。お義父さんが 愛情をかけて素直に育てて下さったから 私、政之さんと 結婚したいって 思ったんですもの。』
私ね。義父の話しを聞いて 何か 胸のつかえが下りたの。
お義姉さんに されたことは 忘れられないし 許すことはできない。
でも もうお義姉さんを 気遣うことはやめようって。自分に それを許すことが できたの。
『お義父さん。私も お義父さんに 謝らなければいけないことが あります。』
私は 気持ちを切り替えるように 明るく義父に言ったわ。
『ほう、なんだ?』廣澤の義父は 意外そうな顔で 私を見たの。
『お義父さんに 結婚を反対された時、政之さんは 家を捨てるって 言ってくれたんです。私、本当は その方がいいって 思っていました。本当に ごめんなさい。』私が 頭を下げると 義父は 気持ちの良い笑顔になったわ。
『悦ちゃんは 正直だなぁ。今更 そんなこと 言わなくてもいいのに。でも 実際、政之と 駆け落ちしていれば 秀子に 意地悪されることもなかったし。』
『いいえ。あの時 お義父さんが 結婚を許して下さったから。今の家族があるんです。政之さんは 立派な経営者になって 紀之達に 会社を残すことができました。紀之や智之に 十分な教育を してあげることができたのも お義父さんのおかげです。』
『いやいや。政之は よく頑張っているからね。それを支えたのは 悦ちゃんなんだから。私のおかげなんかじゃないんだよ。』
廣澤の義父は 優しい目で 私を見てくれたわ。
私、何か温かい物に 包まれたみたいに フワッと 豊かな気持ちになったの。」
本当の意味で お祖父様とお母様が わかり合えた瞬間だったのかもしれない。
私達の大好きな お父様の父親も
やっぱり素敵な人だったと 私は思った。