ボレロ ~智之の母、悦子の章
「お父さんと 初めて話したのは 入学して 少し経ってからなの。夏の前くらいだったかなぁ。お父さんは 経済学部で 私は 文学部だったから。それほど接点は ないんだけど。たまたま 同じ授業を 履修していたの。でも 教室は広いし 学生は 多いし。話す機会なんて なかったのよ。」
お母様の表情に 甘い 華やかさが 浮かぶ。
出会った頃の お父様を 思い出しているみたいに。
「その日は 私 何かの都合で 教室に入るのが 遅くなっちゃって。いつもは 友達と一緒に 前の方に 座っていたんだけど。もう 友達の隣は 空いてなくて。後ろの方に 一つ 空いている席を見つけて。仕方なしに その席に 座ったの。それが お父さんの隣 だったのよ。」
「沙織ちゃんや麻有ちゃんの大学も 付属があるから わかると思うけど。付属から進学してる学生って 大学から入った子とは 雰囲気が 違うじゃない?お父さんも そうだったの。お父さんは 紀之達と同じ 男子中学から 付属に通っていたから。すごく K大に 馴染んでいる感じだったわ。」
「あー。それ すごくわかります。私の大学でも 中学から付属の子は 空気感が違ったわ。裕福な家の子ばかりで。洋服や 持ち物も 全然 違うの。」
お姉様が 大きく頷いて お母様の言葉に 同意した。
「私の大学でも 内部生って 知り合いがたくさんいて。最初から グループができていて 賑やかで。私 最初は ひとりぼっちで すごく心細かったから。それが 羨ましかったなぁ。」
私が言うと お母様とお姉様は 優しい笑顔で 頷いてくれた。
地元で 生活していた時は 一人でいても 平気だったのに。
上京して 全くの ひとりぼっちになると 不安で。
それまでの自分が いかに守られ 恵まれていたのか
強く実感したことを 私は 思い出していた。
「お父さん、ああ見えて 若い頃は ハンサムだったのよ。んっ?今は ハンサムって 言わないのかしら?」
お母様は 自分から言って 照れた顔をした。
「ううん。わかります。お父様 今でも 素敵だもの。」
「はい。きっと すごくカッコ良かったと思います。」
私とお姉様は 口々に言って 頷き合った。
「そうよねぇ。紀之も智之も お父さん似だものねぇ。」
お母様は 嬉しそうに クスクスと笑った。