ボレロ ~智之の母、悦子の章
「夏休みが明けて 最初の授業の時 お父さん 教室の入口にいて。何となく 一緒に 授業を受けることになってね。お父さん 真っ黒に日焼けしていて。私は バイトに明け暮れていたっていうのに。どれだけ 遊んでいたんだろうって。
『随分 焼けてますね。』って 私は 少し皮肉を込めて 言ったんだけど。
『皮が剥けて 酷かったんだ。やっと 綺麗になったよ。』って お父さん 全然 悪びれなくて、
『海 行ったの?』私も つい素直になって 話して。
『うん。何回も行ったよ。波乗りとかヨットとか。やったことある?』
『ううん。』あるわけないじゃない?木場で 丸太に乗っている人は 見たことあるけど。
『今度 一緒に行こうよ。あー、でも 今年は もう無理だな。来年かな。』なんて お父さんは 私を 見下したり 馬鹿にすることもなくて。
やっぱり 付属上がりの人は 裕福なんだって 思ったけど。お父さんが 廣澤工業の息子だなんて 知らなかったから。
『夏休み どこか行った?』
『ずっと バイトしてたから。どこにも 行ってないわ。』
『へぇ。どこでバイトしてるの?』
『駅前の オリエントベーカリー。』
『あっ?この前のパン?』
『そう。美味しかったでしょう?』
『うん。今も 続けてるの?』
『そうよ。授業の後に。』
それ以来 その授業は お父さんと一緒に 受けるようになったの。今みたいに 告白されるとか はっきりした 始まりじゃないけど。その辺から お付き合いが 始まったの。」