とある高校生の日常短編集
コーギーさん
放課後。総会の件での話し合いを終えたすみれと悠貴は、二人で下校していたのだったが、途中で大型ショッピングセンターに立ち寄っていた。
「……今日も人がいっぱいいるな……」
「ねー。平日だけど、賑やかだね」
 悠貴とすみれが話しながらショッピングセンター内をふらふら歩いていると、急にすみれが「あっ!」と叫んで立ち止まった。驚いて悠貴も立ち止まり、すみれの方を振り返った。
「何々!? どうした!?」
 突然のことに動揺する悠貴。一方のすみれは、ある一か所を見つめていた。
「見て見て! コーギー!」
 すみれが、ある場所を指さす。悠貴がその指の先を見ると、胴長短足で、白と茶色の犬がデンっとくつろいでいるではないか。
「なんだ、犬か……」
「あれ、コーギーっていうんだよ! ウェルシュ・コーギー・ペングローブ!」
 よっぽど好きなのか、目をキラキラと輝かせて話すすみれ。一方、そこまで犬に詳しくない悠貴は首をかしげた。
「ウェルシュ、コーギー……ペンとグローブ? え、ボールペンで野球でもやるの?」
「ペングローブ! てかボールペンで野球なんかできるかっ!」
 すみれのツッコミに、笑う悠貴。すみれはわざとらしく咳払いをした。
「コーギーさんはね、二つの種類がいるんですよ。一つが今目の前にいるペングローブ、もう一つがカーディガンっていうの」
「え、カーディガンの毛皮用に育てられているの……?」
「動物虐待禁止! そうじゃなくて、そういう名前なの!」
 「もうっ!」と笑いながら怒るすみれに、悠貴も「あはは」と笑って返した。
「それでね、一般的にコーギーといわれている方はペングローブの方で、最大の特徴は尻尾がないことなんだ」
「それは知っているよ。生まれた時に切っちゃうんでしょ?」
「そうなの……可哀想なんだけどさ……」
 尻尾を切られるコーギーを想像して肩を落とすすみれ。そんな彼女に、悠貴は「それで?」と続きをうながした。
「あ、それでね。もう一種類のウェルシュ・コーギー・カーディガンはね、尻尾を切らないんだって」
「へー。おんなじコーギーなのにね」
「ねー。不思議だよね」
 そうやって話し込んでいると、先ほどまでデンっとくつろいでいたコーギーが不意に立ち上がった。飼い主が戻ってきたのだろうか、嬉しそうに飛び跳ねている。
「はうっ……!」
「えっ、こ、今度は何?」
 そんなコーギーの姿を見て、突然胸を押さえるすみれ。悠貴は何事かとすみれに尋ねると……
「……嬉しくて尻尾フリフリしているコーギーさん、かわいい……!」
「いや、あのコーギーは尻尾ないけど」
「知ってる! あのもふもふのおしりをフリフリさせているのが、かわいいの!」
 キャンキャンと、まるで小犬のように言っててくるすみれに、悠貴は「うん、わざと」と笑って返した。
「それにしてもすみれ、犬が好きなんだね」
 悠貴が何気なくそう呟くと、すみれは目を輝かせて「うん!」と彼に向き直る。
「私の一番の推しはね、コーギーさん! 次いで日本犬かな」
「日本犬……柴犬とか?」
「そう。柴犬、豆柴、秋田犬、北海道犬、甲斐犬、紀州犬、それから……」
「あーはいはい、ストップストップ」
 指折り数えながら犬種を上げ続けようとするすみれを止める悠貴。
「とりあえず、すみれが犬好きってのは分かったよ」
 悠貴がそうまとめると、ふとすみれが彼の顔を見て首を傾げた。
「……悠貴って、猫派なの?」
 唐突な質問に、悠貴は瞳を瞬かせる。今までの会話の流れで何となく質問の意図は汲み取れるのだが……
「俺? 俺は犬派だよ。といっても、すみれ程詳しくは無いけどさ」
 悠貴の返事に、またすみれの瞳がぱあっと輝いた。
「本当!? どんな犬種が好きなの??」
 ずいっと顔を近づけてくるすみれ。悠貴は反射的に身をのけ反らせた。
「え、ええっと、そうだな……あの、茶色くてもこもこした犬……」
「茶色くてもこもこ……トイプー?」
「あ、そうそう、それ。トイプードルとか、そういうのが好きかな……」
 すみれの顔が近くて、つい意識してしまいそうになる悠貴。必死に自分を律しながら、そして視線を横にそらしながら答えた。
「ふぅん……ああいう系が好きなんだ」
 すみれが悠貴から離れる。いきなりの(超)接近戦が終わり、悠貴は内心安堵の息をついた。
「……コーギーさんもかわいいと思うんだけどなぁ……」
 そして、すみれから残念そうに呟かれた一言。
「いや、コーギーさんも可愛いと思うよ? トイプードルは、俺の趣味っていうか、好みの話ってだけであって――」
 急にしゅんとされて、慌てて声をかける悠貴。すると、すみれはへらっと笑ってみせた。
「うん、知ってる。好みは人それぞれだしね」
 今のうなだれは何だったんだ、とツッコみたくなるようなすみれの切り替えの早さに、悠貴はほんのり驚きつつも、まぁ笑顔が戻ったからいいかと、それ以上何も言わなかった。
「あっ! 見て見て!」
「え? 何? コーギーさんがまた何かやったの?」
「違うって! あそこの鯛焼き屋さん、期間限定が出てるよ!」
「犬の次は魚か……」
「買って行こうよ! 絶対おいしいって!」
「はいはい、分かりました」
 そういって、悠貴はすみれにぐいぐい左腕をひかれながら、鯛焼き屋へと向かった。
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