とある高校生の日常短編集
生徒会長の彼女?
……会長は、私の恋人なの。
だから、いつか必ず……
「おはよう、すみれ」
「あ、おはよう、悠貴」
ある日のこと。いつもどおり挨拶をする悠貴とすみれ。
「あ、ねぇねぇ悠貴。あのゲームなんだけど……新しくアプデされた機能があったじゃん?」
「ああ、あったね。アイテムが出てくる奴でしょ?」
「え? そうなの? 私、あれがいまいちよく分からなくて……」
そして、いつもどおり他愛のない世間話をする二人。本当にいつもと変わらない、朝の風景。そんな二人のことを、教室の出入り口からじっと睨む女子生徒が一人いた。
(何よあいつ……私の会長と楽しそうに喋っちゃって……!)
悔しそうに睨んでいるのは、隣のクラスの面代 氷麗(メンダイ ツララ)。面代は親指の爪を噛みながら、険しい顔で睨み続けていた。
「……ってやれば、アイテムが貰えるってことなんだね?」
「そうそう。だから、アレを見つけたときは――っ!?」
すみれと楽しそうに話していた悠貴だったが、急に勢いよく振り返った。
「……ど、どうしたの?」
驚いたすみれが尋ねる。一方の悠貴はしばらく教室後方の出入り口付近を見つめていたが、やがて「ごめん、何でも無い」とすみれの方に向き直った。
(……何だったんだ、今の刺すような視線は……)
周囲を伺いながら考える悠貴。
(この高校に他の組の連中がいないということは、和春がサーチ済みだし……刺客とかでは無いとは思うけれども……)
一人考え込む悠貴。流石は日本四大ヤクザが一つ「玄武組」の頭の息子だけあって、こういった視線や気配などに非常に敏感なのである。
(けど、あれは明らかに殺意のある視線だったな……すみれが狙われてなければいいんだけど……)
後で副島に調べさせるか、なんて考えている後方で。教室の扉から、面代がちらっと顔を覗かせた。
(あ、今、こっち見た……! 流石、私の恋人……! 私のこと、ちゃんと気がついてくれた……!)
一人目を輝かせて嬉しそうな顔をする面代。そう、悠貴が「殺気」と勘違いした視線の正体は、先ほど面代がすみれに向けていたあの”睨み”なのだ。しかし、悠貴がそれに気がつく訳もなかった。何故なら、悠貴が振り向いたときに面代が隠れたからである。そして面代も、自分が敵に向けて放っていた視線が、悠貴に「殺意だ」と思われていたなど、この時は全く思いもしなかっただろう。
「……悠貴、どうかしたの?」
一方、一人険しい顔で考え込んでいる悠貴をみて、心配そうに声をかけるすみれ。すると、悠貴は「え?」と声を上げた後、笑顔を見せた。
「あ、いや、何でも無いよ。さっき、誰かに名前を呼ばれたような気がしたんだけど……気のせいだったっぽい」
悠貴がそういうと、すみれが「ふぅん?」と首を傾げる。
「大丈夫? 疲れてる?」
「いや、大丈夫だ――」
「ゲームのやり過ぎじゃない? また夜更かししたでしょ? もー、ほどほどにしておきなさいって、いつも言ってるでしょ~」
「いや、俺のオカンか」
そういって、笑い合うすみれと悠貴。すると、教室の出入り口にいた面代は……
(はあ、会長の笑顔……素敵……! だけど、隣の女……何なのよ、あいつ……邪魔ね……!)
悠貴の笑顔からのときめきから一転、すみれをまた睨み付ける面代。すると、その視線を感じ取った悠貴がまた振り返った。
「……あれ、やっぱりいない……」
悠貴が振り返った瞬間に隠れた面代。故に、悠貴は首を傾げた。
(またさっきと同じ殺意のある視線を感じたんだけど……誰もいないしな……)
またもや考え込む悠貴。すると、すみれが本格的に心配し始めた。
「……本当に大丈夫なの? 実は具合悪いんじゃないの?」
すみれが尋ねると、悠貴は笑顔で「大丈夫大丈夫」と答える。しかし、すみれの表情は晴れなかった。
「まだ時間あるし、念のため保健室で熱はかってきた方が良いんじゃない?」
「いや、大丈夫だって。そんな心配しなくても――」
「私も付きそうよ。保護者として」
「いやだから、俺のオカンかって」
心配するすみれを、なんとか安心させたい悠貴。するとそこに、副島がやってきた。
「おはようございます、南雲さん、悠貴」
「あ、和春。おは――」
「あ、副島君! 丁度良かった!」
悠貴の挨拶を遮って、すみれが副島に叫ぶ。すると、副島は「どうしましたか?」とすみれに向き直った。
「あのね、朝から悠貴の様子がおかしいんだよ。ただのゲームのやり過ぎかなって思っていたんだけど……なんか、そんな感じじゃなくて」
心配そうに副島に告げるすみれ。悠貴は「余計なことを」と心の中で思ったが、すみれの優しさに少し心が和んでいたりもした。
一方、すみれの話を聞いた副島は、悠貴を一瞥する。その後、顔をすみれに向けた。
「分かりました。見た目は特に問題なさそうですが、念のため、保健室で熱だけはからせましょう」
「だよね? 副島君もそう思うよね?」
すみれは「さっすが副島君!」と笑顔で言う。
「ただのゲームのやり過ぎで疲れているだけなら、自業自得って片付けられるんだけど……本当に具合が悪かったら、そうもいかないじゃん?」
「そうですね。ゲームのやり過ぎでしたら、俺も全力で放置いたしますが……そうでなかった場合は、放っておく訳にも参りませんからね」
「ちょっとお前ら。どんだけ俺をゲーム廃人にしたいんだよ」
すみれと副島のやりとりにツッコミを入れる悠貴。しかし、副島は特に気にせず、悠貴の片腕を掴んだ。
「では、参りましょうか。付き添い致しますよ」
「あー……はい、お願いします」
副島に促されて、立ち上がる悠貴。そして、副島と共に廊下へ出た。
「……で、本当は何があったんですか」
廊下に出て数歩進んだところで、副島が尋ねてくる。本当にコイツの勘は良いなと思いながら、悠貴は返事をした。
「いや……さっき、すみれと話している時に、二度ほど嫌な視線を感じてさ」
「嫌な視線?」
「そう。あれは、明らかに殺意を含んだ視線だった」
悠貴の話しに、副島は考え込む。
「……この高校には、同業者は我が玄武組の者しかいないはずです。他の組からの刺客の可能性は、低いと思われますが……」
「それは俺も思ったよ。和春のサーチに抜かりは無いから、そこは信用しているさ」
さらっと言ってのける悠貴。副島は「ありがとうございます」と呟いた。
「だけど、確かに感じたんだよ。殺意のある視線を、二度」
悠貴が重々しく話すと、副島は考え込んだ。
「……その視線の標的が南雲さんではないかと、危惧していらっしゃいますね?」
副島が尋ねる。すると、悠貴が「すげぇな」と呟いた。
「まぁ、俺の取り越し苦労だったら、それに越したことは無いんだけどさ……」
「とはいえ、気になりますね」
悠貴と副島はそう言いながら、廊下を進む。そして、副島はある教室の扉を開けた。普段は放課後ぐらいしか使わない、生徒会室だ。二人は生徒会室へ入ると、お互いいつもの席に座る。
「もしくは、他のクラスメイトが標的、という可能性も否めませんし、悠貴自身も標的としてい見られている可能性も否めません。どうか、油断せずに」
「ありがとう。俺はそのへん、心得ているから。和春も、念のため気をつけておけよ」
心配してくる副島に、笑顔でお礼を言う悠貴。
「では、早急に調査致しましょう」
「ああ、頼む。不安の芽はさっさと潰しておきたいからな」
真剣な顔で話し合う副島と悠貴。この時、二人は思いもしなかっただろう。悠貴が感じとった視線が、彼らが思っている以上に大事ではないことを。ましてや、一人の乙女の恋心故の視線だなどと、尚更……
昼休み。
今日は廊下のベンチに腰掛けて弁当を食べていた四人。悠貴は、今朝の視線を気にかけているのか、辺りを妙に警戒しながらご飯を食べていた。だからだろうか、いつもより悠貴の雰囲気がピリピリしていることに、すみれが不安そうな顔をしていた。
「……ねぇ、副島君。熱は無かったんだよね?」
「はい。平熱でしたね」
すみれと副島の会話に、悠貴は我に返る。しまった、ちょっとピリピリしすぎたと反省し、笑顔を見せた。
「あー、いや、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
そういって「あはは」と誤魔化すように笑う悠貴。
「あら、会長様が考え事だなんて……ゲームの事です?」
「國松……お前まで俺をゲーム廃人扱いかよ……」
げんなりした顔で六花に言い返す悠貴。
「でもま、間違ってないっちゃ間違ってないか」
しかし、何を思ったのか真剣な顔で呟いた悠貴。すると、すみれ達が「マジで!?」と反応した。
「いや、ほら……いかにしてゲーム音痴のすみれさんに、新機能の説明をするかなって考えていたからさ」
「え? ちょ、私のせい!?」
悠貴の言葉に、すみれは不服そうな顔を見せた。
「いや、だってそうだろう? 今朝だって新機能の使い方が分からないって言ってたじゃん」
「うぐ……ま、まぁ、そうなんだけど……あれは、運営側の説明が悪いの! てかあのゲーム、運営の説明が分かりにくいの!!」
「そうか? 俺はそんなことないけど?」
「とーにーかーく! 私には不親切なのぉ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐすみれを見て、悠貴は一人笑う。そうしてわいわい食べていると……
(会長の声が聞こえると思ったら……廊下にいた……!)
自分の教室から廊下をのぞき込み、悠貴達の様子を伺う面代。
(ああ、何て素敵な笑顔……見ているだけで、こちらがとろけてしまいそう……なのに)
面代は、ぎりっと親指の爪を噛んだ。
(なんで私の会長の隣に、またあの女がいるのよ……あの女のせいで、私が会長と話せないじゃない……!!)
悔しそうに……というより、恨めしそうにすみれを睨む面代。その時、悠貴がこちらに振り向いた。その瞬間、面代は教室の中に隠れる。
(ああ、さすがは私の会長……私の視線に気がついてくれた……!)
にやける頬を両手で包み込み、押さえ込もうとする面代。
(はぁ……会長……私の会長……本当に素敵なお方……早くお話ししたいわぁ……)
恍惚とした表情で、面代はもう一度悠貴逹の様子を覗く。すると、彼らはお昼を食べ終えたのか、片付けをしていた。
「それにしても楽しみ! 副島君が作ってきてくれたお菓子!」
「すみません。ここに持ってくるはずだったのですが、教室に置いてきてしまいまして……」
すみれが笑顔で言っているが、副島は申し訳なさそうな顔で話す。
「そんなことないよ! 楽しみだね、六花!」
「え? べ、別にわたくしは……副会長様のお菓子なんて……」
「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみろよ。副島の奴、何でも作れるし腕もいいんだよ」
「……何だか腑に落ちない言い方をされたような……」
四人でわいわいしながら、教室に戻っていく。面代は四人の後をこっそりとつけて、今朝と同じ場所に移動し、また眺め続けた。
放課後になった。
すみれは風紀委員の仕事の関係で、校内をウロウロしていた。資料のチェックやお届けなどで、風紀委員室や生徒会室、職員室をウロウロしていたのである。
(よし、あとはこれを風紀委員室に持ち戻って再確認すれば、一段落つくかな)
資料の入ったクリアファイルを両手で抱えて、廊下を歩くすみれ。すると、たまたま生徒会室の前を通ろうとしたときに、誰かが生徒会室の扉の窓から、部屋の中をのぞき込んでいた。
(……あれ? 生徒会にご用かな?)
もしかして、生徒会室に入る勇気がでないのかもしれない……そう思ったすみれは、その生徒に声をかけた。
「あの、もしかして、生徒会に用事ですか?」
すみれが声をかけると、その生徒――面代は驚いたように振り返った。
「な、何よ!?」
「あ、驚かせちゃってごめんなさい……てっきり、生徒会に用事があるのかと思って……」
すみれがそういうと、面代はふとすみれに向き直り、頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと、舐めるように見た。
(な、何だろう、この人……なんか、ただならぬ気配を感じるんだけど……)
すみれがヒヤヒヤしていると、面代は「ふぅん」と言って腕を組んだ。
「ちょっと、一緒に来てくれる?」
「え? あ、はい……」
面代に連れられて、すみれは近くの空き教室に入った。
「それで、何かご用ですか?」
すみれが尋ねると、面代はまたすみれをジロジロと見た。
「……貴方って、普段から会長と一緒にいるけど、一体会長の何なの?」
唐突な質問に、すみれは瞳を瞬かせる。
「え? 何って言われても……私と悠――会長は、ただのクラスメイトで仲の良い友達、ってだけで……」
「それじゃ、なんで放課後までつきまとっている訳?」
面代のとげとげしい言い方に、すみれは思わず引きそうになる。
「つきまとっている訳じゃないよ。私はただ、風紀委員長として、生徒会長に用があるってだけで」
すみれがはっきり言うと、面代は「ふぅん?」とまた呟く。
「じゃあ聞くけど、貴方は会長の”友達”って事よね」
「う、うん」
すみれがそういうと、面代は「そうよね」と満足そうに笑う。
「……ちなみに、なんだけど。もしかしなくても、会長の関係者?」
それを見たすみれが質問すると、面代は「ふんっ」と鼻で笑った。
「ええ、そうよ。私は会長の恋人だもの」
そういって、長い髪をふさっとかき上げる面代。いや、実際は恋人ではないのだが……そんなことを、すみれは知る由もなく。
「あ……そ、そうだったんだ」
真面目にショックを受けていた。まあ無理も無いだろう。すみれの場合、中学校時代からずっと、一途に悠貴に片想いをしてきたのだ。そんな悠貴に恋人がいたと知っては、ショックを受けない方が無理な話である。
「悠貴、全然そんな事、言ってなかったから……そっか、そうだよね……」
すっかり落ち込んでしまったすみれ。すると、面代は勝ち誇ったように笑った。
「貴方、さっき風紀委員長って言っていたわよね? ということは、南雲さんかしら?」
面代に聞かれて、すみれは力なく頷く。
「私の名前は面代氷麗っていうの。会長のこと、”お友達”としてよろしくね?」
面代はそういうと、満足そうにすみれを置いて空き教室から出て行った。
「あー……一体何だってんだよ……」
一方、こちらは生徒会室にて。生徒会長の席に座り、背もたれに寄りかかって天を仰ぐ悠貴。
「昼休み中にも何度か感じたけど……振り返っても誰もいねぇし……あー、モヤモヤするぅ……」
「俺も、悠貴の言っている”視線”そのものは察知致しましたが……残念ながら、原因までは……」
副島が申し訳なさそうに言うと、悠貴は姿勢を正し、「気にすんな」と声をかける。
「もしかすると、今日だけかもしれないし……まぁもし、明日以降も続くのであれば、また何か対策を考えないとな」
悠貴がそういって、机に頬杖をついて溜め息をついたときだった。
「失礼します」
「あ、どうぞ」
声がかかり、悠貴が返事をする。すると、生徒会室の扉がガラガラと開き、すみれが入ってきた。
「あ、すみれ。お疲れ、さっきの資料だよな?」
悠貴はさっと椅子から立ち上がり、すみれを出迎える。そして、生徒会室の真ん中辺りですみれから資料を受け取ろうと手を差し伸べた。
「ありがと――」
お礼を言いかけて、悠貴は言葉を飲んだ。何故なら、すみれの顔がこれ以上に無いくらい暗かったからだ。
「……これ、どうぞ」
すみれはそういって悠貴に資料を押しつけると、さっさと機微を返した。
「あ、ありがとう……ってかすみれ、どうかし――」
「失礼しました」
心配そうな悠貴をよそに、すみれはそれだけ言って足早に生徒会室から出て行く。悠貴はそれを、呆然と見送った。
「……どうしたんだろう、すみれ……」
すみれが出て行った後も、扉を見つめる悠貴。すると、隣に副島が来た。
「……声が震えていらっしゃいましたね」
「ああ……多分、何かあったんだろうけど……」
副島に答えた悠貴は、先ほどすみれに手渡された資料に視線を落とした。すると、紙の一カ所に濡れた跡があり……
「あいつ……泣いていたのか……」
それがきっと、すみれの涙だと察した悠貴は、自分の胸がひどく締め付けられるように痛むのが分かった。
「どうして……って、まさか!」
そこで、悠貴は何か思ったのか、はっとしたように顔を上げる。そして、副島を見た。
「もしかして、今朝から感じていたあの視線……あれが何か関係しているんじゃ!?」
切羽詰まったように副島に言う悠貴。すると、副島は難しい顔を見せた。
「確定も出来ませんが……否定も出来ませんね。様子を見て参ります」
副島はそういうと、今し方広げていた書類をまとめる。そして、悠貴に声をかけて生徒会室のドアを開けようとしたとき、いきなり扉が自動で、かつ勢いよく開いた。
「出てきなさい! このヘタレチキンクズ会長ぉぉ!!」
そして、怒鳴りながら現れたのは、怒りで顔を真っ赤にした六花だった。
「あ、國松――」
「退いてくださいな、副会長様! 今日という今日は、例え天変地異が起きて天地がひっくり返ろうが槍が降ろうが血が降ろうが泣いて土下座しようが焼き土下座しようが首を差し出そうが心臓を差し出そうが、何をしても絶対に許さないんですぅぅ!!」
「……それだけの内容を、よく噛まずに言えましたね」
「いや、感心するところ違うぞ?」
怒濤の勢いでたたみかけようとする六花にコメントを入れた副島だったが、そのコメントの内容にツッコミを入れる悠貴。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……と、とにもかくにも! そこの人間のゴミくず会長!」
「なんか、悪口に拍車かかってないか?」
「お黙りなさい! 人間の底辺にしてゴミくず藻屑会長!」
「……なんか、ここまで言われると心折れそう……」
こんなやりとりをしながら、六花は悠貴の前までずかずかと歩を進める。そして、悠貴の顔をびしぃっと指さした。
「な、なんだ――」
「今まで、お姉様をもてあそんでいらしたんですね!!」
「はぁ?」
六花の発言に、悠貴は思わず変な声を上げる。
「とぼけるおつもりです? そんなこと、この國松六花が絶対に許さないですぅ!」
「いや、ちょっと落ち着けって國松! 一体何があった――」
「問答無用! 國松家直伝の空手術をくらいなさ――」
「一旦止まりましょう、國松」
暴走する六花を止めるため、後ろから彼女を羽交い締めにした副島。
「なっ! 離しなさいー!!」
「お断り致します。このまま放っておいては、悠貴だけでなく、生徒会室も壊されそうですので」
「このくらいの設備なら、買い換え可能です! なんなら全部、傘下のブランド物に変えても――」
「そういう問題ではありません。というか何ですか、その倫理に欠ける発言は」
副島に羽交い締めにされてもなお、暴れる六花。しかし、副島も男子だ、六花を容易には離さなかった。
「……今までの様子からして、すみれに何かあったんだな」
悠貴は、副島に羽交い締めにされている六花に真剣な声で話しかけた。すると、六花はそのままの姿勢で話し始める。
「そうですぅ! お姉様が風紀委員室へ帰ってこられたと思ったら、涙を流されていて……話を聞けば、そこの人間の底辺にして人類の産業廃棄物会長が原因じゃありませんか!!」
どんどんグレードアップしていく六花の悪口に、ツッコミを入れたくなったが……悠貴はそれよりも気になることがあり、話を続けた。
「國松。頼むからその話、詳しく聞かせてくれないか?」
悠貴がそう頼むと、六花は「はぁ?」と、なんともお嬢様らしくない声を出す。
「何を仰るんです? 自分自身が諸悪の根源のくせに、詳しく話せですってぇ!?」
「だから、俺もどうしてすみれが泣いていたのか、知りたいんだよ。さっき生徒会室(ここ)に来たとき、酷く落ち込んでいたし、声も震えていたから……何かあったのか聞きたかったんだけど、すみれが取り合ってくれなかったんだ」
真剣な眼差しで話す悠貴。すると、六花はしばらく悠貴を睨んでいたが、やがて「わかりました」と頷いた。それを聞いて、副島は六花を羽交い締めから解放した。
「お姉様が戻られたとき、たまたま教室にはわたくししかいませんでした。なので理由を伺ったところ……」
六花はそういうと、悠貴をじろりと睨んだ。
「”悠貴の恋人から、貴方は会長の何なのかと聞かれた”と仰っていたんです」
六花の発言に、悠貴はまるで狐につままれたような顔を見せた。そして、思わず副島を見る。
「……え? 俺、いつのまに恋人がいたの?」
「申し訳ありませんが……俺も初耳で……」
戸惑う悠貴と副島。しかし、六花の暴走は止まらなかった。
「とぼけても無駄です! ちゃあんと、お相手のお名前も控えておりますわ!!」
また、びしぃっと悠貴を指さす六花。すると、副島が尋ねた。
「して、そのお方のお名前は?」
「面代氷麗、という、隣のクラスの女子生徒です」
六花の返事に、悠貴はこめかみに手を当てた。
「面代、めんだい……隣のクラス……」
どうやら、六花が言った名前の女子生徒の事を思い出そうとしているのだろうが……
「……ごめん、分かんない……」
悠貴がそういうと、六花は「むむっ」と表情を歪ませた。
「そうやって、とぼける作戦です? 先ほども言いましたけど、この國松六花、例え何があろうと――」
「申し訳ないですが國松。悠貴は事実を仰っていますよ」
六花の声を遮り、副島が少し大きめの声で話しかける。すると、六花は驚いたように振り返った。
「面代氷麗、という女子生徒がいるのは承知していましたが……彼女とは一度たりとも同じクラスになったことはありませんし、部活や委員会での接点もありません」
「でも……」
「更に申し上げると、悠貴はおろかこの俺でも、彼の者の事は名前以外存じておりません」
副島の話に、六花は閉口した。どうやら、少しは納得してくれたようだ。
「……まぁ、会長様の側近である貴方がそう言うのであれば、間違いないのでしょうけれども……」
「俺、どんだけ國松に信用されてないんだよ……」
六花の反応に、つい溜め息をつく悠貴。すると、六花は右手を頬に当てて考え込み始めた。
「では一体、お姉様が話していた内容は何だったんです? 確かにお姉様は、面代氷麗という女子生徒に言われたと、仰っておりましたけど……」
六花の呟きに、悠貴と副島も考え込んだ。
「……あのすみれの性格を考えると、わざと気を引くために嘘をついている、とかいう訳ではないんだろうけれども……」
「当たり前です! わたくしのお姉様ですもの、そんな下衆な嘘をつくわけがありませんわ!!」
悠貴の呟きに、過剰に反応を示す六花。その後、悠貴は何か決心したように顔を上げた。
「國松。すみれはもう帰った?」
「お姉様なら、まだ風紀委員室にいらっしゃいますわ」
「わかった。それから和春――」
「心得ております。面代氷麗の件はお任せください」
副島の頼もしい反応に、悠貴は思わず微笑む。
「……それじゃ、俺、ちょっと出かける」
「分かりました」
悠貴は副島にそう言い残して、生徒会室を駆け足で出て行く。すると、何かに気がついた六花が「あっ!?」と悠貴の後を追いかけようとした。
「まさかあのポンコツ鈍感会長、お姉様のところへ行ったんじゃ――」
「國松は、俺の用事に付き合って下さい」
「ちょ、何をなさるんです、副会長様! わたくしは今すぐ、愛しのお姉様のところへ――」
「そのお姉様の為のお仕事なんですから、協力してくださいな」
……こうして副島に丸め込まれた六花は、彼に片腕を引っ張られてどこかへ言ってしまった。
だから、いつか必ず……
「おはよう、すみれ」
「あ、おはよう、悠貴」
ある日のこと。いつもどおり挨拶をする悠貴とすみれ。
「あ、ねぇねぇ悠貴。あのゲームなんだけど……新しくアプデされた機能があったじゃん?」
「ああ、あったね。アイテムが出てくる奴でしょ?」
「え? そうなの? 私、あれがいまいちよく分からなくて……」
そして、いつもどおり他愛のない世間話をする二人。本当にいつもと変わらない、朝の風景。そんな二人のことを、教室の出入り口からじっと睨む女子生徒が一人いた。
(何よあいつ……私の会長と楽しそうに喋っちゃって……!)
悔しそうに睨んでいるのは、隣のクラスの面代 氷麗(メンダイ ツララ)。面代は親指の爪を噛みながら、険しい顔で睨み続けていた。
「……ってやれば、アイテムが貰えるってことなんだね?」
「そうそう。だから、アレを見つけたときは――っ!?」
すみれと楽しそうに話していた悠貴だったが、急に勢いよく振り返った。
「……ど、どうしたの?」
驚いたすみれが尋ねる。一方の悠貴はしばらく教室後方の出入り口付近を見つめていたが、やがて「ごめん、何でも無い」とすみれの方に向き直った。
(……何だったんだ、今の刺すような視線は……)
周囲を伺いながら考える悠貴。
(この高校に他の組の連中がいないということは、和春がサーチ済みだし……刺客とかでは無いとは思うけれども……)
一人考え込む悠貴。流石は日本四大ヤクザが一つ「玄武組」の頭の息子だけあって、こういった視線や気配などに非常に敏感なのである。
(けど、あれは明らかに殺意のある視線だったな……すみれが狙われてなければいいんだけど……)
後で副島に調べさせるか、なんて考えている後方で。教室の扉から、面代がちらっと顔を覗かせた。
(あ、今、こっち見た……! 流石、私の恋人……! 私のこと、ちゃんと気がついてくれた……!)
一人目を輝かせて嬉しそうな顔をする面代。そう、悠貴が「殺気」と勘違いした視線の正体は、先ほど面代がすみれに向けていたあの”睨み”なのだ。しかし、悠貴がそれに気がつく訳もなかった。何故なら、悠貴が振り向いたときに面代が隠れたからである。そして面代も、自分が敵に向けて放っていた視線が、悠貴に「殺意だ」と思われていたなど、この時は全く思いもしなかっただろう。
「……悠貴、どうかしたの?」
一方、一人険しい顔で考え込んでいる悠貴をみて、心配そうに声をかけるすみれ。すると、悠貴は「え?」と声を上げた後、笑顔を見せた。
「あ、いや、何でも無いよ。さっき、誰かに名前を呼ばれたような気がしたんだけど……気のせいだったっぽい」
悠貴がそういうと、すみれが「ふぅん?」と首を傾げる。
「大丈夫? 疲れてる?」
「いや、大丈夫だ――」
「ゲームのやり過ぎじゃない? また夜更かししたでしょ? もー、ほどほどにしておきなさいって、いつも言ってるでしょ~」
「いや、俺のオカンか」
そういって、笑い合うすみれと悠貴。すると、教室の出入り口にいた面代は……
(はあ、会長の笑顔……素敵……! だけど、隣の女……何なのよ、あいつ……邪魔ね……!)
悠貴の笑顔からのときめきから一転、すみれをまた睨み付ける面代。すると、その視線を感じ取った悠貴がまた振り返った。
「……あれ、やっぱりいない……」
悠貴が振り返った瞬間に隠れた面代。故に、悠貴は首を傾げた。
(またさっきと同じ殺意のある視線を感じたんだけど……誰もいないしな……)
またもや考え込む悠貴。すると、すみれが本格的に心配し始めた。
「……本当に大丈夫なの? 実は具合悪いんじゃないの?」
すみれが尋ねると、悠貴は笑顔で「大丈夫大丈夫」と答える。しかし、すみれの表情は晴れなかった。
「まだ時間あるし、念のため保健室で熱はかってきた方が良いんじゃない?」
「いや、大丈夫だって。そんな心配しなくても――」
「私も付きそうよ。保護者として」
「いやだから、俺のオカンかって」
心配するすみれを、なんとか安心させたい悠貴。するとそこに、副島がやってきた。
「おはようございます、南雲さん、悠貴」
「あ、和春。おは――」
「あ、副島君! 丁度良かった!」
悠貴の挨拶を遮って、すみれが副島に叫ぶ。すると、副島は「どうしましたか?」とすみれに向き直った。
「あのね、朝から悠貴の様子がおかしいんだよ。ただのゲームのやり過ぎかなって思っていたんだけど……なんか、そんな感じじゃなくて」
心配そうに副島に告げるすみれ。悠貴は「余計なことを」と心の中で思ったが、すみれの優しさに少し心が和んでいたりもした。
一方、すみれの話を聞いた副島は、悠貴を一瞥する。その後、顔をすみれに向けた。
「分かりました。見た目は特に問題なさそうですが、念のため、保健室で熱だけはからせましょう」
「だよね? 副島君もそう思うよね?」
すみれは「さっすが副島君!」と笑顔で言う。
「ただのゲームのやり過ぎで疲れているだけなら、自業自得って片付けられるんだけど……本当に具合が悪かったら、そうもいかないじゃん?」
「そうですね。ゲームのやり過ぎでしたら、俺も全力で放置いたしますが……そうでなかった場合は、放っておく訳にも参りませんからね」
「ちょっとお前ら。どんだけ俺をゲーム廃人にしたいんだよ」
すみれと副島のやりとりにツッコミを入れる悠貴。しかし、副島は特に気にせず、悠貴の片腕を掴んだ。
「では、参りましょうか。付き添い致しますよ」
「あー……はい、お願いします」
副島に促されて、立ち上がる悠貴。そして、副島と共に廊下へ出た。
「……で、本当は何があったんですか」
廊下に出て数歩進んだところで、副島が尋ねてくる。本当にコイツの勘は良いなと思いながら、悠貴は返事をした。
「いや……さっき、すみれと話している時に、二度ほど嫌な視線を感じてさ」
「嫌な視線?」
「そう。あれは、明らかに殺意を含んだ視線だった」
悠貴の話しに、副島は考え込む。
「……この高校には、同業者は我が玄武組の者しかいないはずです。他の組からの刺客の可能性は、低いと思われますが……」
「それは俺も思ったよ。和春のサーチに抜かりは無いから、そこは信用しているさ」
さらっと言ってのける悠貴。副島は「ありがとうございます」と呟いた。
「だけど、確かに感じたんだよ。殺意のある視線を、二度」
悠貴が重々しく話すと、副島は考え込んだ。
「……その視線の標的が南雲さんではないかと、危惧していらっしゃいますね?」
副島が尋ねる。すると、悠貴が「すげぇな」と呟いた。
「まぁ、俺の取り越し苦労だったら、それに越したことは無いんだけどさ……」
「とはいえ、気になりますね」
悠貴と副島はそう言いながら、廊下を進む。そして、副島はある教室の扉を開けた。普段は放課後ぐらいしか使わない、生徒会室だ。二人は生徒会室へ入ると、お互いいつもの席に座る。
「もしくは、他のクラスメイトが標的、という可能性も否めませんし、悠貴自身も標的としてい見られている可能性も否めません。どうか、油断せずに」
「ありがとう。俺はそのへん、心得ているから。和春も、念のため気をつけておけよ」
心配してくる副島に、笑顔でお礼を言う悠貴。
「では、早急に調査致しましょう」
「ああ、頼む。不安の芽はさっさと潰しておきたいからな」
真剣な顔で話し合う副島と悠貴。この時、二人は思いもしなかっただろう。悠貴が感じとった視線が、彼らが思っている以上に大事ではないことを。ましてや、一人の乙女の恋心故の視線だなどと、尚更……
昼休み。
今日は廊下のベンチに腰掛けて弁当を食べていた四人。悠貴は、今朝の視線を気にかけているのか、辺りを妙に警戒しながらご飯を食べていた。だからだろうか、いつもより悠貴の雰囲気がピリピリしていることに、すみれが不安そうな顔をしていた。
「……ねぇ、副島君。熱は無かったんだよね?」
「はい。平熱でしたね」
すみれと副島の会話に、悠貴は我に返る。しまった、ちょっとピリピリしすぎたと反省し、笑顔を見せた。
「あー、いや、ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
そういって「あはは」と誤魔化すように笑う悠貴。
「あら、会長様が考え事だなんて……ゲームの事です?」
「國松……お前まで俺をゲーム廃人扱いかよ……」
げんなりした顔で六花に言い返す悠貴。
「でもま、間違ってないっちゃ間違ってないか」
しかし、何を思ったのか真剣な顔で呟いた悠貴。すると、すみれ達が「マジで!?」と反応した。
「いや、ほら……いかにしてゲーム音痴のすみれさんに、新機能の説明をするかなって考えていたからさ」
「え? ちょ、私のせい!?」
悠貴の言葉に、すみれは不服そうな顔を見せた。
「いや、だってそうだろう? 今朝だって新機能の使い方が分からないって言ってたじゃん」
「うぐ……ま、まぁ、そうなんだけど……あれは、運営側の説明が悪いの! てかあのゲーム、運営の説明が分かりにくいの!!」
「そうか? 俺はそんなことないけど?」
「とーにーかーく! 私には不親切なのぉ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐすみれを見て、悠貴は一人笑う。そうしてわいわい食べていると……
(会長の声が聞こえると思ったら……廊下にいた……!)
自分の教室から廊下をのぞき込み、悠貴達の様子を伺う面代。
(ああ、何て素敵な笑顔……見ているだけで、こちらがとろけてしまいそう……なのに)
面代は、ぎりっと親指の爪を噛んだ。
(なんで私の会長の隣に、またあの女がいるのよ……あの女のせいで、私が会長と話せないじゃない……!!)
悔しそうに……というより、恨めしそうにすみれを睨む面代。その時、悠貴がこちらに振り向いた。その瞬間、面代は教室の中に隠れる。
(ああ、さすがは私の会長……私の視線に気がついてくれた……!)
にやける頬を両手で包み込み、押さえ込もうとする面代。
(はぁ……会長……私の会長……本当に素敵なお方……早くお話ししたいわぁ……)
恍惚とした表情で、面代はもう一度悠貴逹の様子を覗く。すると、彼らはお昼を食べ終えたのか、片付けをしていた。
「それにしても楽しみ! 副島君が作ってきてくれたお菓子!」
「すみません。ここに持ってくるはずだったのですが、教室に置いてきてしまいまして……」
すみれが笑顔で言っているが、副島は申し訳なさそうな顔で話す。
「そんなことないよ! 楽しみだね、六花!」
「え? べ、別にわたくしは……副会長様のお菓子なんて……」
「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみろよ。副島の奴、何でも作れるし腕もいいんだよ」
「……何だか腑に落ちない言い方をされたような……」
四人でわいわいしながら、教室に戻っていく。面代は四人の後をこっそりとつけて、今朝と同じ場所に移動し、また眺め続けた。
放課後になった。
すみれは風紀委員の仕事の関係で、校内をウロウロしていた。資料のチェックやお届けなどで、風紀委員室や生徒会室、職員室をウロウロしていたのである。
(よし、あとはこれを風紀委員室に持ち戻って再確認すれば、一段落つくかな)
資料の入ったクリアファイルを両手で抱えて、廊下を歩くすみれ。すると、たまたま生徒会室の前を通ろうとしたときに、誰かが生徒会室の扉の窓から、部屋の中をのぞき込んでいた。
(……あれ? 生徒会にご用かな?)
もしかして、生徒会室に入る勇気がでないのかもしれない……そう思ったすみれは、その生徒に声をかけた。
「あの、もしかして、生徒会に用事ですか?」
すみれが声をかけると、その生徒――面代は驚いたように振り返った。
「な、何よ!?」
「あ、驚かせちゃってごめんなさい……てっきり、生徒会に用事があるのかと思って……」
すみれがそういうと、面代はふとすみれに向き直り、頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと、舐めるように見た。
(な、何だろう、この人……なんか、ただならぬ気配を感じるんだけど……)
すみれがヒヤヒヤしていると、面代は「ふぅん」と言って腕を組んだ。
「ちょっと、一緒に来てくれる?」
「え? あ、はい……」
面代に連れられて、すみれは近くの空き教室に入った。
「それで、何かご用ですか?」
すみれが尋ねると、面代はまたすみれをジロジロと見た。
「……貴方って、普段から会長と一緒にいるけど、一体会長の何なの?」
唐突な質問に、すみれは瞳を瞬かせる。
「え? 何って言われても……私と悠――会長は、ただのクラスメイトで仲の良い友達、ってだけで……」
「それじゃ、なんで放課後までつきまとっている訳?」
面代のとげとげしい言い方に、すみれは思わず引きそうになる。
「つきまとっている訳じゃないよ。私はただ、風紀委員長として、生徒会長に用があるってだけで」
すみれがはっきり言うと、面代は「ふぅん?」とまた呟く。
「じゃあ聞くけど、貴方は会長の”友達”って事よね」
「う、うん」
すみれがそういうと、面代は「そうよね」と満足そうに笑う。
「……ちなみに、なんだけど。もしかしなくても、会長の関係者?」
それを見たすみれが質問すると、面代は「ふんっ」と鼻で笑った。
「ええ、そうよ。私は会長の恋人だもの」
そういって、長い髪をふさっとかき上げる面代。いや、実際は恋人ではないのだが……そんなことを、すみれは知る由もなく。
「あ……そ、そうだったんだ」
真面目にショックを受けていた。まあ無理も無いだろう。すみれの場合、中学校時代からずっと、一途に悠貴に片想いをしてきたのだ。そんな悠貴に恋人がいたと知っては、ショックを受けない方が無理な話である。
「悠貴、全然そんな事、言ってなかったから……そっか、そうだよね……」
すっかり落ち込んでしまったすみれ。すると、面代は勝ち誇ったように笑った。
「貴方、さっき風紀委員長って言っていたわよね? ということは、南雲さんかしら?」
面代に聞かれて、すみれは力なく頷く。
「私の名前は面代氷麗っていうの。会長のこと、”お友達”としてよろしくね?」
面代はそういうと、満足そうにすみれを置いて空き教室から出て行った。
「あー……一体何だってんだよ……」
一方、こちらは生徒会室にて。生徒会長の席に座り、背もたれに寄りかかって天を仰ぐ悠貴。
「昼休み中にも何度か感じたけど……振り返っても誰もいねぇし……あー、モヤモヤするぅ……」
「俺も、悠貴の言っている”視線”そのものは察知致しましたが……残念ながら、原因までは……」
副島が申し訳なさそうに言うと、悠貴は姿勢を正し、「気にすんな」と声をかける。
「もしかすると、今日だけかもしれないし……まぁもし、明日以降も続くのであれば、また何か対策を考えないとな」
悠貴がそういって、机に頬杖をついて溜め息をついたときだった。
「失礼します」
「あ、どうぞ」
声がかかり、悠貴が返事をする。すると、生徒会室の扉がガラガラと開き、すみれが入ってきた。
「あ、すみれ。お疲れ、さっきの資料だよな?」
悠貴はさっと椅子から立ち上がり、すみれを出迎える。そして、生徒会室の真ん中辺りですみれから資料を受け取ろうと手を差し伸べた。
「ありがと――」
お礼を言いかけて、悠貴は言葉を飲んだ。何故なら、すみれの顔がこれ以上に無いくらい暗かったからだ。
「……これ、どうぞ」
すみれはそういって悠貴に資料を押しつけると、さっさと機微を返した。
「あ、ありがとう……ってかすみれ、どうかし――」
「失礼しました」
心配そうな悠貴をよそに、すみれはそれだけ言って足早に生徒会室から出て行く。悠貴はそれを、呆然と見送った。
「……どうしたんだろう、すみれ……」
すみれが出て行った後も、扉を見つめる悠貴。すると、隣に副島が来た。
「……声が震えていらっしゃいましたね」
「ああ……多分、何かあったんだろうけど……」
副島に答えた悠貴は、先ほどすみれに手渡された資料に視線を落とした。すると、紙の一カ所に濡れた跡があり……
「あいつ……泣いていたのか……」
それがきっと、すみれの涙だと察した悠貴は、自分の胸がひどく締め付けられるように痛むのが分かった。
「どうして……って、まさか!」
そこで、悠貴は何か思ったのか、はっとしたように顔を上げる。そして、副島を見た。
「もしかして、今朝から感じていたあの視線……あれが何か関係しているんじゃ!?」
切羽詰まったように副島に言う悠貴。すると、副島は難しい顔を見せた。
「確定も出来ませんが……否定も出来ませんね。様子を見て参ります」
副島はそういうと、今し方広げていた書類をまとめる。そして、悠貴に声をかけて生徒会室のドアを開けようとしたとき、いきなり扉が自動で、かつ勢いよく開いた。
「出てきなさい! このヘタレチキンクズ会長ぉぉ!!」
そして、怒鳴りながら現れたのは、怒りで顔を真っ赤にした六花だった。
「あ、國松――」
「退いてくださいな、副会長様! 今日という今日は、例え天変地異が起きて天地がひっくり返ろうが槍が降ろうが血が降ろうが泣いて土下座しようが焼き土下座しようが首を差し出そうが心臓を差し出そうが、何をしても絶対に許さないんですぅぅ!!」
「……それだけの内容を、よく噛まずに言えましたね」
「いや、感心するところ違うぞ?」
怒濤の勢いでたたみかけようとする六花にコメントを入れた副島だったが、そのコメントの内容にツッコミを入れる悠貴。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……と、とにもかくにも! そこの人間のゴミくず会長!」
「なんか、悪口に拍車かかってないか?」
「お黙りなさい! 人間の底辺にしてゴミくず藻屑会長!」
「……なんか、ここまで言われると心折れそう……」
こんなやりとりをしながら、六花は悠貴の前までずかずかと歩を進める。そして、悠貴の顔をびしぃっと指さした。
「な、なんだ――」
「今まで、お姉様をもてあそんでいらしたんですね!!」
「はぁ?」
六花の発言に、悠貴は思わず変な声を上げる。
「とぼけるおつもりです? そんなこと、この國松六花が絶対に許さないですぅ!」
「いや、ちょっと落ち着けって國松! 一体何があった――」
「問答無用! 國松家直伝の空手術をくらいなさ――」
「一旦止まりましょう、國松」
暴走する六花を止めるため、後ろから彼女を羽交い締めにした副島。
「なっ! 離しなさいー!!」
「お断り致します。このまま放っておいては、悠貴だけでなく、生徒会室も壊されそうですので」
「このくらいの設備なら、買い換え可能です! なんなら全部、傘下のブランド物に変えても――」
「そういう問題ではありません。というか何ですか、その倫理に欠ける発言は」
副島に羽交い締めにされてもなお、暴れる六花。しかし、副島も男子だ、六花を容易には離さなかった。
「……今までの様子からして、すみれに何かあったんだな」
悠貴は、副島に羽交い締めにされている六花に真剣な声で話しかけた。すると、六花はそのままの姿勢で話し始める。
「そうですぅ! お姉様が風紀委員室へ帰ってこられたと思ったら、涙を流されていて……話を聞けば、そこの人間の底辺にして人類の産業廃棄物会長が原因じゃありませんか!!」
どんどんグレードアップしていく六花の悪口に、ツッコミを入れたくなったが……悠貴はそれよりも気になることがあり、話を続けた。
「國松。頼むからその話、詳しく聞かせてくれないか?」
悠貴がそう頼むと、六花は「はぁ?」と、なんともお嬢様らしくない声を出す。
「何を仰るんです? 自分自身が諸悪の根源のくせに、詳しく話せですってぇ!?」
「だから、俺もどうしてすみれが泣いていたのか、知りたいんだよ。さっき生徒会室(ここ)に来たとき、酷く落ち込んでいたし、声も震えていたから……何かあったのか聞きたかったんだけど、すみれが取り合ってくれなかったんだ」
真剣な眼差しで話す悠貴。すると、六花はしばらく悠貴を睨んでいたが、やがて「わかりました」と頷いた。それを聞いて、副島は六花を羽交い締めから解放した。
「お姉様が戻られたとき、たまたま教室にはわたくししかいませんでした。なので理由を伺ったところ……」
六花はそういうと、悠貴をじろりと睨んだ。
「”悠貴の恋人から、貴方は会長の何なのかと聞かれた”と仰っていたんです」
六花の発言に、悠貴はまるで狐につままれたような顔を見せた。そして、思わず副島を見る。
「……え? 俺、いつのまに恋人がいたの?」
「申し訳ありませんが……俺も初耳で……」
戸惑う悠貴と副島。しかし、六花の暴走は止まらなかった。
「とぼけても無駄です! ちゃあんと、お相手のお名前も控えておりますわ!!」
また、びしぃっと悠貴を指さす六花。すると、副島が尋ねた。
「して、そのお方のお名前は?」
「面代氷麗、という、隣のクラスの女子生徒です」
六花の返事に、悠貴はこめかみに手を当てた。
「面代、めんだい……隣のクラス……」
どうやら、六花が言った名前の女子生徒の事を思い出そうとしているのだろうが……
「……ごめん、分かんない……」
悠貴がそういうと、六花は「むむっ」と表情を歪ませた。
「そうやって、とぼける作戦です? 先ほども言いましたけど、この國松六花、例え何があろうと――」
「申し訳ないですが國松。悠貴は事実を仰っていますよ」
六花の声を遮り、副島が少し大きめの声で話しかける。すると、六花は驚いたように振り返った。
「面代氷麗、という女子生徒がいるのは承知していましたが……彼女とは一度たりとも同じクラスになったことはありませんし、部活や委員会での接点もありません」
「でも……」
「更に申し上げると、悠貴はおろかこの俺でも、彼の者の事は名前以外存じておりません」
副島の話に、六花は閉口した。どうやら、少しは納得してくれたようだ。
「……まぁ、会長様の側近である貴方がそう言うのであれば、間違いないのでしょうけれども……」
「俺、どんだけ國松に信用されてないんだよ……」
六花の反応に、つい溜め息をつく悠貴。すると、六花は右手を頬に当てて考え込み始めた。
「では一体、お姉様が話していた内容は何だったんです? 確かにお姉様は、面代氷麗という女子生徒に言われたと、仰っておりましたけど……」
六花の呟きに、悠貴と副島も考え込んだ。
「……あのすみれの性格を考えると、わざと気を引くために嘘をついている、とかいう訳ではないんだろうけれども……」
「当たり前です! わたくしのお姉様ですもの、そんな下衆な嘘をつくわけがありませんわ!!」
悠貴の呟きに、過剰に反応を示す六花。その後、悠貴は何か決心したように顔を上げた。
「國松。すみれはもう帰った?」
「お姉様なら、まだ風紀委員室にいらっしゃいますわ」
「わかった。それから和春――」
「心得ております。面代氷麗の件はお任せください」
副島の頼もしい反応に、悠貴は思わず微笑む。
「……それじゃ、俺、ちょっと出かける」
「分かりました」
悠貴は副島にそう言い残して、生徒会室を駆け足で出て行く。すると、何かに気がついた六花が「あっ!?」と悠貴の後を追いかけようとした。
「まさかあのポンコツ鈍感会長、お姉様のところへ行ったんじゃ――」
「國松は、俺の用事に付き合って下さい」
「ちょ、何をなさるんです、副会長様! わたくしは今すぐ、愛しのお姉様のところへ――」
「そのお姉様の為のお仕事なんですから、協力してくださいな」
……こうして副島に丸め込まれた六花は、彼に片腕を引っ張られてどこかへ言ってしまった。