とある高校生の日常短編集
海派VS山派
「ねぇ、悠貴って“やまは”?」
放課後の生徒会室にて。唐突過ぎるすみれからの一言に、悠貴は思わず瞳を瞬かせた。
「……えーっと、ドレミファソ~っていう……?」
悠貴が有名なある音楽教室のCMを口ずさむと、すみれが突然笑い出す。
「ごめんごめん! そうだね……ふふふ……これ、じゃ……ふはは……音楽教室のやつに聞こえるね……!」
ツボに入ったのか、腹を抱えて笑うすみれ。悠貴は、すみれの笑いが落ち着くまでじっと待った。
「あぁ、笑った……ごめんね、そういう意味じゃないんだ。私が言いたかったのは、“夏に出かけるなら、海ですか? 山ですか?”って意味の“山派”って聞きたかったの」
「なんだ、そういう意味か……前置きも何もなしに“やまは”なんて言われたもんだから、俺、音楽教室にでも歓誘されるのかと思った」
「いや、しないから。悠貴は音楽系よりもスポーツ系でしょ?」
「まぁね……それにしても、海か山、か……」
ふと考え込む悠貴。そんな悠貴を、じっと見つめるすみれ。少しの間をはさんでから、悠貴がすみれに答えた。
「俺は、夏に出かけるなら山かな」
「えー!?」
悠貴が答えた瞬間、すみれから盛大なブーイングが飛んできた。
「なんで山なの!? なんで皆、山がいいって言うの!? 絶対海の方がいいと思うんだけど!!」
机をガタガタと揺らしながら主張するすみれに、悠貴は「うーん」と低い声でうなった。
「そうかな……俺だったら、海より山かな。山だったらキャンプできるし、大自然に囲まれて森林浴とか気持ちいいじゃん」
「でも、海だってバーベキューとかできるよ? それに、海の醍醐味といえば海水浴! 夏の特権だよね!」
「それ言ったら、山だって場所によっては夏しか入れない所もあるよ。それに、山じゃ川遊びできるからね。水遊びできるじゃん」
「むぅ……でもでも、ビーチバレーとか波乗りとかは海での特権じゃん」
「ハイキングとかトレッキングは、海じゃできない、山での特権だよね」
「むぅ……」
思っていた以上に悠貴が反論してきたのが、すみれ的には面白くなかったようで。だんだん河豚のようにすみれの頬が膨れてきた。
「夜のビーチで花火できるよ、海なら」
「夜の山は、星空がきれいだよ? すみれが好きな天体観測とか、時期によっては天の川だって見られるんだよ?」
「むぐぐ……」
すみれの口先が、だんだんとがっていく。そんなすみれの表情を心の中で楽しむ悠貴。
「……悠貴の好きな釣り、海でもできるじゃん!」
「残念。山でも川釣りができるんですねぇ」
「でも、海でしか釣れない魚がいるんでしょ?」
「まぁね。でも、それ言ったら、川釣りでしか釣れない魚もいるよ」
何を言っても悠貴に言い返されるすみれ。すると、すみれは何を思ったのか、机を両手でバンッとたたいた後、ビシッと悠貴を指さした。
「でも! 山には! 虫がいっぱいいるもん!」
「……いや、それ言ったら虫はどこにでもいるからね? 夏になれば」
意気揚々と言い放ったすみれに、しれっと返す悠貴。しかし、すみれは首を左右に振った。
「そういうレベルの話じゃないの! 山に行けば木がいっぱいあって、色んな虫がいるわけで!」
「まぁ、そりゃそうだね」
「虫嫌いにとっては死活問題なの!!」
そう、すみれは大の虫嫌い。蚊ぐらいであれば何とかできるのだが、蛾や蜘蛛レベルになると発狂してしまうのだ。
「しかも、山には熊とか蜂とか危険な虫とか生き物がいるじゃん!」
すみれの主張に、悠貴は少し考えた。確かに、海に比べて山の方が断然虫の種類や数は多いだろう。それに、熊や蛇などといった危険な生物が、いないわけでなはい。
「……ね? そう考えると、海の方がよくない?」
悠貴から反論が来ないことに気をよくしたすみれが、ちょっとドヤ顔を見せて悠貴に言う。しかし、悠貴はいたって冷静な顔で。
「でも、海にも危険な生き物はいるよね? 海月とか鮫とか」
あっさりと言い返されて、すみれは言葉に詰まった。そう、危険生物がいるのは決して山だけではない。海にだって危険生物はいるのだ。
「……」
黙り込んでしまったすみれ。悠貴は、ちょっと言い過ぎたかな……と心の中で少しだけ思った。きっとこれ以上言い合っても平行線のままだろうから、この話題を切り上げよう、その為にも一回クールダウンでもしようかと、悠貴がペットボトルのジュースを口につけた時、いきなり生徒会室の扉が開いた。
「会長、ただいま戻り――って、南雲さんもいらしていたんですね」
入ってきたのは、すみれと悠貴の同級生で、生徒会副会長の副島(そえじま)。悠貴とはいわゆる幼馴染で、幼稚園からの付き合いだ。ちなみに、誰に対しても常に敬語で話す癖がある。
「あ、副島君! 聞いてよ! 今ね、悠貴と“夏にでかけるなら、海か山か”って話していたんだけど――」
ここで、すみれがものすごい勢いで副島に今までの話の内容を説明する。すると、副島は「なるほど」と呟いてメガネの中央を右手の中指でクイっと押し上げた。
「つまり、お二人が夏休みデートをするなら、海がいいか山がいいか、ということですね」
『はぁ?!』
副島がさらっと言ったまとめに、悠貴とすみれの声がきれいにハモった。しかも、二人仲良く顔を赤らめている。
「ち、違ぇよ! 何でお前の思考は毎回、そうなるんだよ! つかそもそも、俺達まだ付き合ってねぇし――」
「そうですね……俺でしたら、山も捨てがたいのですが……せっかくの夏デートでしたら、やはりここは海で親睦を深めていただくのが……」
「だから! そういう意味じゃないんだって! つか人の話を聞け!」
副島に渾身のツッコミを入れる悠貴。しかし、副島は意に介さず、といった様子で……
「山でのキャンプや、グランピングというのも流行ってはおりますが……お二人のデートプランということであれば、やはり海で海水浴を楽しんでいただき、さらには悠貴の得意な海釣りを手取り足取りすみれさんに教えて――」
「やらん! んなことするか!」
「でしたら、悠貴がすみれさんの前で豪快に釣りをする姿をお見せして、というプランでも――」
「そういう問題じゃない!」
まるで漫才のように繰り広げられる、副島と悠貴のやり取り。一方のすみれは、一人顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまっている。
「ったくもう! お前のせいで、すみれが黙り込んじゃっただろうが!」
悠貴が話を無理やりそらすと、副島はふとすみれをみて「おや」と呟いた。
「南雲さん? どうかされましたか?」
副島がすみれの隣へきて声をかける。すると……
「悠貴のバカぁ!」
「おっと!?」
何故か副島を勢いよく突き飛ばしたすみれ。そしてそのまま、生徒会室から飛び出してしまった。
「……え? 何で俺?」
「突き飛ばされたのは俺ですけどね……」
きょとんとする悠貴と、突き飛ばされたことに不服そうな顔をした副島であった。
放課後の生徒会室にて。唐突過ぎるすみれからの一言に、悠貴は思わず瞳を瞬かせた。
「……えーっと、ドレミファソ~っていう……?」
悠貴が有名なある音楽教室のCMを口ずさむと、すみれが突然笑い出す。
「ごめんごめん! そうだね……ふふふ……これ、じゃ……ふはは……音楽教室のやつに聞こえるね……!」
ツボに入ったのか、腹を抱えて笑うすみれ。悠貴は、すみれの笑いが落ち着くまでじっと待った。
「あぁ、笑った……ごめんね、そういう意味じゃないんだ。私が言いたかったのは、“夏に出かけるなら、海ですか? 山ですか?”って意味の“山派”って聞きたかったの」
「なんだ、そういう意味か……前置きも何もなしに“やまは”なんて言われたもんだから、俺、音楽教室にでも歓誘されるのかと思った」
「いや、しないから。悠貴は音楽系よりもスポーツ系でしょ?」
「まぁね……それにしても、海か山、か……」
ふと考え込む悠貴。そんな悠貴を、じっと見つめるすみれ。少しの間をはさんでから、悠貴がすみれに答えた。
「俺は、夏に出かけるなら山かな」
「えー!?」
悠貴が答えた瞬間、すみれから盛大なブーイングが飛んできた。
「なんで山なの!? なんで皆、山がいいって言うの!? 絶対海の方がいいと思うんだけど!!」
机をガタガタと揺らしながら主張するすみれに、悠貴は「うーん」と低い声でうなった。
「そうかな……俺だったら、海より山かな。山だったらキャンプできるし、大自然に囲まれて森林浴とか気持ちいいじゃん」
「でも、海だってバーベキューとかできるよ? それに、海の醍醐味といえば海水浴! 夏の特権だよね!」
「それ言ったら、山だって場所によっては夏しか入れない所もあるよ。それに、山じゃ川遊びできるからね。水遊びできるじゃん」
「むぅ……でもでも、ビーチバレーとか波乗りとかは海での特権じゃん」
「ハイキングとかトレッキングは、海じゃできない、山での特権だよね」
「むぅ……」
思っていた以上に悠貴が反論してきたのが、すみれ的には面白くなかったようで。だんだん河豚のようにすみれの頬が膨れてきた。
「夜のビーチで花火できるよ、海なら」
「夜の山は、星空がきれいだよ? すみれが好きな天体観測とか、時期によっては天の川だって見られるんだよ?」
「むぐぐ……」
すみれの口先が、だんだんとがっていく。そんなすみれの表情を心の中で楽しむ悠貴。
「……悠貴の好きな釣り、海でもできるじゃん!」
「残念。山でも川釣りができるんですねぇ」
「でも、海でしか釣れない魚がいるんでしょ?」
「まぁね。でも、それ言ったら、川釣りでしか釣れない魚もいるよ」
何を言っても悠貴に言い返されるすみれ。すると、すみれは何を思ったのか、机を両手でバンッとたたいた後、ビシッと悠貴を指さした。
「でも! 山には! 虫がいっぱいいるもん!」
「……いや、それ言ったら虫はどこにでもいるからね? 夏になれば」
意気揚々と言い放ったすみれに、しれっと返す悠貴。しかし、すみれは首を左右に振った。
「そういうレベルの話じゃないの! 山に行けば木がいっぱいあって、色んな虫がいるわけで!」
「まぁ、そりゃそうだね」
「虫嫌いにとっては死活問題なの!!」
そう、すみれは大の虫嫌い。蚊ぐらいであれば何とかできるのだが、蛾や蜘蛛レベルになると発狂してしまうのだ。
「しかも、山には熊とか蜂とか危険な虫とか生き物がいるじゃん!」
すみれの主張に、悠貴は少し考えた。確かに、海に比べて山の方が断然虫の種類や数は多いだろう。それに、熊や蛇などといった危険な生物が、いないわけでなはい。
「……ね? そう考えると、海の方がよくない?」
悠貴から反論が来ないことに気をよくしたすみれが、ちょっとドヤ顔を見せて悠貴に言う。しかし、悠貴はいたって冷静な顔で。
「でも、海にも危険な生き物はいるよね? 海月とか鮫とか」
あっさりと言い返されて、すみれは言葉に詰まった。そう、危険生物がいるのは決して山だけではない。海にだって危険生物はいるのだ。
「……」
黙り込んでしまったすみれ。悠貴は、ちょっと言い過ぎたかな……と心の中で少しだけ思った。きっとこれ以上言い合っても平行線のままだろうから、この話題を切り上げよう、その為にも一回クールダウンでもしようかと、悠貴がペットボトルのジュースを口につけた時、いきなり生徒会室の扉が開いた。
「会長、ただいま戻り――って、南雲さんもいらしていたんですね」
入ってきたのは、すみれと悠貴の同級生で、生徒会副会長の副島(そえじま)。悠貴とはいわゆる幼馴染で、幼稚園からの付き合いだ。ちなみに、誰に対しても常に敬語で話す癖がある。
「あ、副島君! 聞いてよ! 今ね、悠貴と“夏にでかけるなら、海か山か”って話していたんだけど――」
ここで、すみれがものすごい勢いで副島に今までの話の内容を説明する。すると、副島は「なるほど」と呟いてメガネの中央を右手の中指でクイっと押し上げた。
「つまり、お二人が夏休みデートをするなら、海がいいか山がいいか、ということですね」
『はぁ?!』
副島がさらっと言ったまとめに、悠貴とすみれの声がきれいにハモった。しかも、二人仲良く顔を赤らめている。
「ち、違ぇよ! 何でお前の思考は毎回、そうなるんだよ! つかそもそも、俺達まだ付き合ってねぇし――」
「そうですね……俺でしたら、山も捨てがたいのですが……せっかくの夏デートでしたら、やはりここは海で親睦を深めていただくのが……」
「だから! そういう意味じゃないんだって! つか人の話を聞け!」
副島に渾身のツッコミを入れる悠貴。しかし、副島は意に介さず、といった様子で……
「山でのキャンプや、グランピングというのも流行ってはおりますが……お二人のデートプランということであれば、やはり海で海水浴を楽しんでいただき、さらには悠貴の得意な海釣りを手取り足取りすみれさんに教えて――」
「やらん! んなことするか!」
「でしたら、悠貴がすみれさんの前で豪快に釣りをする姿をお見せして、というプランでも――」
「そういう問題じゃない!」
まるで漫才のように繰り広げられる、副島と悠貴のやり取り。一方のすみれは、一人顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまっている。
「ったくもう! お前のせいで、すみれが黙り込んじゃっただろうが!」
悠貴が話を無理やりそらすと、副島はふとすみれをみて「おや」と呟いた。
「南雲さん? どうかされましたか?」
副島がすみれの隣へきて声をかける。すると……
「悠貴のバカぁ!」
「おっと!?」
何故か副島を勢いよく突き飛ばしたすみれ。そしてそのまま、生徒会室から飛び出してしまった。
「……え? 何で俺?」
「突き飛ばされたのは俺ですけどね……」
きょとんとする悠貴と、突き飛ばされたことに不服そうな顔をした副島であった。