とある高校生の日常短編集
自称サバサバ系女子
 ある日の昼休みのこと。
 授業を終えたすみれは鞄からお弁当の包みを出すと、それを持って悠貴の所へ向かった。
「悠貴! 今日は教室で食べよう!」
「ん? ああ、いいよ」
 二人で机を動かしていると、そこに副島と六花も合流する。お昼はいつも、この四人で食べているのだ。場所はその日によってまちまちなのだが。
「なぁ、さっきの英語なんだけど――」
「あれは、前の単語とセットになった場合の訳し方で――」
「お姉様! 六花のお手製卵焼きを――!」
「あまり食事中に騒がないでほしいのですが――」
 いつもどおり、四人で喋りながらお弁当を食べる。すると、不意に教室の窓際からべしっと言う鈍い音が聞こえた。
「ちょっと松野(まつの)! お前またそれかよ!」
「っせーな! 羽田野(はだの)!」
「本当にお前、女子と縁が無いよな! しいて言うならあたしくらい?」
「は? 別に全く無いわけじゃねぇし……」
「んな照れるなよぉ」
 すみれ達が振り向くと、クラスメイトの女子(羽田野)と男子(松野)が話している所だった。様子から察するに、羽田野が松野を叩いたのが、先ほどのべしっという鈍い音だろう。
「あれって……」
「お姉様、お気をつけくださいませ」
 すみれにそっと耳打ちをする六花。すると、すみれは「え? 何で?」と首を傾げた。すると、六花は身をかがめて、悠貴と副島にも聞こえるように、且つ小声で話し始めた。
「あの女子生徒は羽田野さんというお方で、いわゆる”自称サバサバ系女子”なんです」
「自称サバサバ系女子……?」
 六花の話に、今度は悠貴が首を傾げた。すると、今度は副島が口を開く。
「自分はさっぱりサバサバした性格だから、思ったことをズバッとはっきり言ってしまうんだ、とか、女子といるより男子といる方が楽なんだ、とか言う女子の事を指すようですよ」
 副島の説明に、すみれと悠貴が「ふぅん?」と呟く。
「まぁ、別に誰とどう付き合おうが、その人がどんな性格なのかなんて、そんな気にする程のことでもないような……」
「それが大ありなんですの、お姉様!」
 小声ですみれに主張する六花。
「羽田野さんは、”自称”サバサバ系女子なんです。だから、それを言い訳に、気に入らない人にはズケズケ悪口を言ったり、言いたい放題やりたい放題なさるんですぅ!」
 六花の話を聞いて、悠貴は思った。叶うのなら関わりたくない系の女子だな、と……
「で、一緒に話しているのは?」
「あれは、松野さんですね。サッカー部のキャプテンで、女子生徒からの支持率が高い方ですよ」
 ついでに出てきたすみれの質問に、今度は副島が反応した。
「支持率……ってことは、モテるってことか」
「そうですね。去年もバレンタインは大荒れだったそうで」
 悠貴の言葉に頷く副島。すみれは思った。そんなに大荒れするバレンタインとは、一体どんなバレンタインなのだろうかと……
「でも、あのルックスですから、そうとう人気かと思われますわ、お姉様」
「あー、そうなんだ……てか、そうだよね。世間一般でいうイケメンの類いだろうしね、松野君」
 六花とコソコソ話しながら松野をちらりと見るすみれ。すると、偶然にも松野と目が合い、思わず笑顔で会釈をして顔を背けた。
「やばい、目が合っちゃった……!」
「え? 羽田野さんと?」
「ううん、松野君の方。咄嗟に会釈して誤魔化しちゃったけど……だ、大丈夫だよね?」
 悠貴にそう聞き返すすみれ。すると、悠貴は首をひねった。
「まぁ、大丈夫なんじゃね? そんな不安がる要素、何も無いと思うけど……」
「いやいや、ほら、何となくって言うか! 変な態度とっちゃったら失礼じゃん!」
 小声で悠貴と話すすみれ。そんな彼女を、羽田野が睨んでいることにすみれは気がつかなかった。



 午後のホームルームになった。今日は全校生徒の服装チェックの日だ。
「ようし! 取り締まるぞ!」
「頼もしいですわ! お姉様!」
「ちょ、副委員長! 委員長を煽らないでください! そして委員長! ほどほどにしてくださいよ!」
 風紀委員の出番と言うこともあって、テンションがあがっているすみれ。そしてそれに発破をかける六花。思わず後輩が止めにかかった。
「それじゃ、検査前に確認! 今回も服装と頭髪を見ます。頭髪は原則黒髪で、ダークブラウンくらいなら見逃しても良いと、先生からお達しがありました」
 そして、服装チェック前にすみれが委員をまとめて、今回の注意点を伝え始めた。
「服装で見るのは、まずスカート丈、そして腰パン。リボンとネクタイの長さ、そしてブラウスとワイシャツの第二ボタンがしまっているかの確認も忘れずにね」
『はい!』
「では、各自持ち場について、服装チェック開始!」
 委員長であるすみれの一声で、風紀委員による服装チェックが始まる。すみれと六花は、同学年である三年生の服装チェックが担当だ。
「……はい、スカートが短いです。折らずに伸ばしてください」
「ピアスは禁止です。こちらで没収させて頂きますわ」
「えっと、第二ボタンまでは締めて下さい。それからズボンが下すぎます」
「……なんという髪色……これは取り締まり対象とさせて頂きますわ」
 こんな具合で、どんどん服装チェックを裁いていくすみれと六花。もちろん、他のクラスにいる風紀委員も服装チェックをこなしていっていた。
「はい、次の人――」
「すみぽよ! あのさ、そのシュシュ可愛いね!」
 すみれの所に陽気なテンションでやってきたのは、以前すみれにウソ告をして風紀委員の取り締まりにあった乗山。
「ありがとう、乗山君」
「この前見たアクセサリーも似合っていたけど、結構パープル系も似合うね」
 そういって、妙にすみれを褒めちぎる乗山。すると、すみれは笑顔で言い返した。
「お褒め頂き光栄ですが、いくら私をほめちぎったところで、そのピアスは回収させて頂きますからね」
「そ、そんなぁ……」
「はい、没収。放課後に風紀委員室まで来てください」
「うう……すみぽよ、難攻不落なりぃ……」
 どうやら乗山の狙いは、すみれをおだててピアスの回収を回避することだったようだ。しかし、そんなことで動じるすみれではない。あっさり、乗山からピアスを取り上げた。
「全く……はい、次の人、どうぞ」
「はぁい」
次にやってきたのは、お昼に話題になった女子生徒……羽田野だった。
「……羽田野さん」
「なに?」
「髪色は問題ありませんが、リボンが長すぎます。もう少し短くしてください。それから、ボタンも第二ボタンはしめてください。最後に、スカートも短すぎますので、直してください」
 淡々と業務をこなし、リストに書き込んでいくすみれ。すると、羽田野がむすっとした顔を見せた。
「……南雲さんってさ、風紀委員長だからって厳しすぎない? 別にスカートが短くってもリボンが長くても、ボタンがあいていても、その人の自由じゃん」
 嫌みったらしく文句を言い出した羽田野。すみれが彼女を見ると、羽田野はにいっと笑った。
「あ、ごめんね? 怒った? 私、サバサバしているからさ~。思っている事、そのまんま言っちゃうんだよねぇ」
 ニマニマと話す羽田野。しかし、すみれは顔色一つ変えなかった。
「私が申し上げたのは、校則というルールに則ったものです。ある程度人の自由が認められるべき、という意見に関しては反対しませんが、それもある程度の秩序やマナー、ルールが守られている元で認めるべきかと」
 淡々と話すすみれ。羽田野は「何よ」と言わんばかりの顔を見せた。
「意義があるのでしたら、放課後に風紀委員室までどうぞ。お話ならお伺いいたします」
「結構よ!」
 羽田野はそういうと、すみれにぷいっと顔を背けてずかずかと立ち去った。それを見送ったすみれは、思わず溜め息をつく。
「さて……次の人」
「うぃっす」
 そういって入ってきたのは、これまたお昼に話題になり、尚且つ目が合った松野だ。彼の服装はさして問題が無かったのだが……
「うーん……染めてる、よね?」
「……まぁ」
 松野の髪色が、すみれ的に際どい色だったのだ。ダークブラウンなら見逃してもいいと言われているのだが、松野の髪色はダークブラウンよりもほんのり明るくて、でも、ダークブラウンと言われればダークブラウンに見えなくも無い、そんな色合いなのだ。
「うーん……どうしよっかなぁ……」
 首を傾げるすみれ。すると、ふとバインダーに挟まっている小さな紙切れを取り出した。
「ごめん、松野君。ちょこっとだけ髪触ってもいい?」
「あ、どうぞ」
 そういって、小さな紙切れを松野の髪にあてるすみれ。それはダークブラウン一色の紙切れで、すみれが迷ったときに指標にしている色の紙だ。
「……まぁ、許容範囲内かな。でも、これ以上明るくするのはNGですので」
「うぃっす」
 松野はそういうと、すみれの事を横目でちらっと見ながらぺこっと頭を下げて、その場から立ち去った。
「それじゃ、次の人」
「どうも」
「って、あら~」
「……何その近所の奥さんみたいな声……」
 次に現れたのは、生徒会長こと悠貴だった。
「いや、まさか風紀委員長が生徒会長様の服装を直々にチェックすることになるとは~、って思っただけ」
「まぁ、確かにそうかも。でもまぁ、ある意味そっちの方が良いんじゃない? 長が長のチェックをするんだから」
「それもそっか。そして相も変わらず、きれいな着こなしですこと」
「まぁ、生徒の鑑だからね、生徒会長は」
 どや顔を見せる悠貴に、すみれが「あっ」と声を上げる。すると、悠貴は「え?」っと驚いたようにすみれを見た。
「と思ったら、ネクタイが伸びてるよ」
「え? あ、本当だ。さっき後輩に引っ張られた奴かな……」
 悠貴がそういうと、すみれが手早く彼のネクタイを直す。
「まぁ、生徒の鑑である生徒会長様を野ざらしにする訳にはいきませんので、このくらいは容赦して差し上げましょう」
「おお、やったね」
「てことで、次の人見たいから。さっさと退いた」
「最後は辛辣なのね」
 そう言って悠貴を移動させたすみれ。その後も順調に、すみれは服装チェックをこなしていった。



 翌日。
 いつも通りに登校して、支度を終えたすみれが椅子に座ると、六花がやってきた。
「お・ね・え・さ・まー!」
「おはよう六花。そして朝一から人に飛びつかないでちょうだい」
 飛びついてくる六花の顔面を右手で強引に止めながら返事をするすみれ。
「おはようございますぅ! 今日も麗しいお姉様のお姿を見られただけで、六花、感激ですぅ!」
 そして始まるいつもの挨拶。すみれが「はいはい」と言ったときだった。
「ねぇ、國松さんってさ、いっつも南雲さんにくっついてるよね」
 ふと聞こえてきた声。そちらの方に顔を向ければ、そこには羽田野が仁王立ちしていた。
「あ、羽田野さん。おはよ――」
「思ったんだけどさ、國松さんってアレなの? 風紀委員長の南雲さんに媚売っておけば、服装チェックとか見逃して貰えるって思ってんの?」
 すみれの挨拶をガン無視して言い出した羽田野。すると、すみれも六花も「は?」と固まった。
「本当、そういうの上手そうだよね、國松さん……なんだっけ、そういう人。ゴマすりって言うんだっけ?」
 そういって、「あっはははは!」と高笑いをする羽田野。すると、六花がむすっとした顔を見せた。
「ちょっと羽田野さ――」
「あ、ごめんねぇ? 怒らせちゃったかな? あたし、こういうサバサバした性格だからさぁ」
 すみれの声を遮って羽田野はそういうと、「じゃあね」と言って教室から出ていった。
「……本当に、噂通りのお方でしたわ……」
 六花の、強い怒りがこもった声。ちなみに六花は、かなりの噂好きにして情報通だ。
「噂通り……ってことは、やっぱ有名なんだね、羽田野さん」
「ええ、そうですわ。ああやって人様にズケズケ言いたい方題しては『ごめんね、あたし、サバサバしているから』って言って逃げていくんですぅ!」
「あー……」
 六花の話を聞いて、昨日も同じような台詞を聞いたなぁ……なんて思い出すすみれ。成程、”自称サバサバ系女子”というのは、ああいう性格なのかと改めて認識した。
「おはよう、すみれ、國松……って、何かすごい空気だぞ、國松……」
 そこへやってきたのは、悠貴と副島だった。
「あ、おはよう。悠貴、副島君」
「おはようございます、南雲さん。それより”コレ”、何があったんですか」
 副島は挨拶をしつつ、すみれの机にかじりつくように座り込んでいる六花(”コレ”)を指さした。
「いや、実はさっき――」
 すみれはそういって、先ほど羽田野から言われたことを二人に説明した。
「つまり、自称サバサバ系女子の洗礼を浴びた、という事ですね」
 副島がまとめると、すみれが「うん……」と苦い顔で頷く。
「……要するに、今の話が、いわゆる”自称サバサバ系女子”ってやつなのか?」
「そうですよ」
 悠貴の質問に頷く副島。すると、悠貴は「ふぅん」と呟いた。
「それにしても酷いよね……私も昨日、同じようなこと言われたけ――」
『えっ!?』
 さらりとこぼしたすみれの話に、何故か過剰反応を示した六花と悠貴。副島はあまりにも息の合った反応に、思わず吹き出しそうになった。
「聞き捨てならないです、お姉様! 何と言われたのですぅ!?」
「お、落ち着いて、六花……服装チェックやっている風紀委員あるあるだから……!」
 身を乗り出してきた六花をなだめるすみれ。
「で、何て言われたんだ?」
 悠貴に促されて、昨日の服装チェックで起きた羽田野との出来事を話すすみれ。すると、悠貴と副島が「うーん……」と唸った。
「まぁ、上手く回避されたようで何よりですが……」
「ああ……ちょっと、アレだよな……」
 そういって真剣な顔で考え込む副島と悠貴。
「いや、私のことは気にしないで! あんなの、風紀委員やっていればしょっちゅうだし! それよりも私は、さっきの六花の件の方が問題だと思うんだよね」
 すみれに言われて、悠貴は頷いた。
「確かに、看過できない内容だよね。これはちょっと、対応を考えた方がよさそうかもな」
 悠貴はそういうと、副島とお互いの顔を見合い、アイコンタクトを取り合って頷いた。それを見て、すみれが不安そうな顔をする。
「……二人とも、変なことはしないでよ? こういう案件、場合によっては生徒会じゃなくて風紀委員でも取り締まれるから」
「変な事って……」
「まぁ、先生に要相談にはなるけど。他の生徒からの被害状況とかもまとめてから動いた方がいいと思うし」
 すみれが言うと、悠貴は「そっか」と返事をする。
「それじゃあ、今回はそっとしておくけど……また次、何かあったら俺に言うんだよ?」
「うん、ありがとう、悠貴」
 そうこう話しているうちに、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り響いた。すみれ以外の三人は、急いで自分の席に戻った。



 放課後。
 すみれは荷物をまとめると、風紀委員室に向かった。いつもは悠貴達と(途中までだが)一緒に向かうのだが、今日は考えごとをしていたせいか、気がついたら一人、風紀委員室に辿り着いてしまった。
「あちゃー。皆のこと、おいて来ちゃった……」
 とはいえ、今更教室に迎えに戻る程のことでもないか……と思い、そのまま教室のドアをあける。そして、いつも座っている場所に腰を下ろした。
(休み時間とか、ずっと羽田野さんの様子を見てはいたけど……)
 一人、今日一日の出来事を思い返すすみれ。そして、何を思ったのか鞄からルーズリーフと筆箱を出し、書き出し始めた。
「おーねーえーさーまぁ!」
 それから数分後。豪快に扉をガラガラッと開けて六花が飛び込んできた。恐らくそのまますみれに抱きつこうとしたようだったが、彼女がなにやら真剣に書き込み作業をしているのを見て止めたようだ。
「……何を書いていらっしゃるんです? お姉様」
 静かに隣へ移動して、すみれが書き込んでいるルーズリーフをのぞき込む六花。すると、すみれは書く手を止めて顔を上げた。
「ああ、六花。今日さ、意識して羽田野さんの事を見ていたんだけど――」
「えっ!?」
 すみれの発言に、何故がショックを受けた顔をする六花。すみれが驚いていると……
「そんな、お姉様……まかさ、お姉様の趣味が、あちら系の方だったとは……」
 そういって近くの棚に肩と手をつけて、ズルズルと床に崩れ落ちる六花。
「違う、そうじゃないから! もう!」
「でも、意識してあの方を見ていらしたんでしょう!? 六花は、六花はもう……!」
「そういう意味じゃ無くて! 経過観察的な意味!!」
 すみれがそう言うと、六花は「ああ、そっちです?」と起き上がった。
「休み時間や授業中も、頑張って意識して観察していたんだけど……」
 そういって、すみれは今まで書き込んでいたルーズリーフを見た。
「基本、休み時間は男子とばかりつるんでいるみたい。で、女子が相手になると、あのサバサバ系女子の性格が表に出てくると」
「成程……」
「で、よく一緒につるんでいる男子っていうのが、松野君達のグループなんだよね」
 すみれの話を聞いて、六花は前日のお昼休みを思い出す。確かにあの時も、羽田野は松野と一緒にいたな、と……
「移動教室とかもあのグループと一緒だったし……自称サバサバ系女子あるあるの、男子といた方が楽ってやつなのかな?」
「まぁ、表向きはそうだと思われます」
 すみれの意見に頷く六花。
「……これ、聞き込みするなら女子と男子、両方聞いた方がよさげだよね」
「同意見です。きっと、あのタイプの女子ですから、男子にはいい顔をしているはずです」
「うーん……いい顔、か……」
 六花の表現に何か引っかかったような顔をするすみれ。しかし、すぐに「まいっか」と切り替えた。
「とはいえ、羽田野さん本人の前での聞き込みはNGだから、移動教室とかのタイミングで上手く聞き出さないと、だよね」
「ええ、女子の方はそれで問題ないかと」
「となると、問題は男子、か……」
 すみれはそういうと、天を仰いだ。正直、すみれにとって気軽に話せる男子は悠貴と副島くらいしかおらず……
「男子の聞き込み、悠貴達にお願いしようかな……でも、あんまり生徒会を巻き込みたくないしなぁ……」
 すみれがそうぼやいたとき、不意に教室のドアが開いた。
「ごめん、すみぽよ! 昨日バイトがあって取りに来られなかったんだ!!」
 そういいながら教室に入ってきたのは、昨日すみれにゴマをすってピアス回収を免れようとした乗山だった。
「あ、乗山君! よかった、忘れているのかと思った」
「いやいやいや、忘れるわけないじゃん! これ、すみぽよと一緒に選んだ奴だよ?」
 そういってすみれの隣に移動してきた乗山。
「それじゃ、お返しするけど……ピアスやイヤリング、ネックレスなどのアクセサリー塁は校則で禁止されているので、今後はつけて来ないようにね」
「はーい」
 すみれはそういって、乗山にピアスを返す。そして、「それじゃ」と言おうとしたときだった。
「あっ、そうだ!」
 すみれの反応に、「え、まだ何かあるの!?」と身構える乗山。
「ねぇ、乗山君。クラスの羽田野さんって知ってる?」
 そして、唐突な質問に、乗山は拍子抜けした顔を見せた。
「なんだ、何か追加であるのかと思った……」
「え? 何か追加してほしかったの?」
「いやいやいやいや! 滅相もございません!」
 ぶんぶんと首を左右に振る乗山。
「んで、誰だっけ……羽田野だっけ?」
「そうそう、羽田野さんのこと」
「はだのん、だろ? 勿論知っているよ」
 乗山の返事に、すみれの顔がぱあっと明るくなる。
「良かった! あのさ、乗山君から見て、羽田野さんってどんな人なの?」
 急な質問に、乗山は「あー……」と考え込む。そして、少しの間を挟んでから答えた。
「なんつーか、自称サバサバ系女子、だよな」
 そして一言。すみれは「ここでも出てくるのか」と思った。
「俺もたまにしか接しないんだけど、しょっちゅう男子とつるんでいて。んで、女子には妙にキツいっつーか、無駄なまでに毒舌って言うか」
 成程。みんな抱く印象は同じなのか、と思ったすみれ。
「俺ら男子といるときは、あそこまでトゲトゲしく無いんだよ、はだのん。なんつーか、男子のノリに合わせた話し方っつーか」
「へー……」
「でも、男子っていっても、はだのんが普段つるんでいるのは松野達のグループだからさ。俺も接点あんまり無いんだわ」
 乗山の話を聞いて、すみれはふと首を傾げた。
「……松野君ってさ、確かサッカー部のキャプテンだったよね?」
「そだよ。んでてもってイケメンで、去年のバレンタインはチョコを渡す女子同士が修羅場ったくらいで!」
 乗山はそういうと、すみれの隣の椅子に座った。
「たまたま近くに生徒会の人がいたから、なんとか事なきを得たんだけど……危うくけが人が出たかもしれないってくらい、壮絶だったらしいぜ!」
 何故か楽しそうに話す乗山。すみれはその現場を目撃していないので詳しくは知らないのだが、思っていたよりも大ごとだったんだな、と改めて思った。
「それで、そんなモテモテ松野君がいるグループと、羽田野さんは普段つるんでいるんだ?」
「そうそう。松野のグループ……っつーか、松野とかな?」
 ふと気になる言い方をした乗山に、すみれが首を傾げた。
「……それって、普段の羽田野さんは、松野君のグループじゃなくて、松野君単体と接しているってこと?」
「いや、えーっと、何て言えば良いかな……勿論、松野のグループの奴らともつるんではいるんだけど、何かあるとすぐに『松野、松野!』って、あいつにべったりなんだってさ。松野の友達から聞いた話だけど」
 乗山からの思わぬ話に、すみれは考え込んだ。もしかするとこの話の中に、羽田野の性格についての何か大きな手がかりがあるんじゃ無いかと、そう直感で思ったのだ。
「成程……うん、ありがとう、乗山君」
 すみれが笑顔で言うと、乗山も笑って見せた。
「どーいたしまして。俺、すみぽよの役に立てた感じ?」
「うーん……まぁ、そんな所かな?」
「ええ、酷い! そこまもうちょっと褒めてくれても――」
「そろそろいい加減にしなさいませぇ!」
「どわっ!」
 乗山がすみれに顔を近づけようとした瞬間、六花が彼の首根っこを掴んで扉の方に放り投げた。
「これ以上お姉様に近づくことは、この國松六花が許しません事よ!!」
 ビシッと乗山を指さして言い放つ六花を見て、すみれは慌てて立ち上がり、彼女をなだめた。
「こら、六花! だめでしょう!」
「國松六花、お姉様の為と思い必死に堪えておりましたが……これ以上ゲスで不衛生なチャランポラン野郎がお姉様に近づくのは耐えられないのですぅぅぅ!!」
「ちょ、六花ちゃん!? 何その悪口のオンパレードは!?」
 暴れる六花と、ショックを受ける乗山。すみれは六花をなだめつつ乗山に目をやった。
「ごめんね、乗山君。気にしないで」
「え? ああ、大丈夫! 俺なら大丈夫!」
 そういって親指を立ててグーサインを見せる乗山。すると、また教室の扉が開いた。
「失礼しまー……って、何この状況」
「あ、悠貴」
 そこに現れたのは悠貴だった。すみれが声をかけると、乗山がいきなり立ち上がる。
「んじゃ! 俺はコレにて失礼!!」
 そういって、風のごとく風紀委員室から飛び出していった。
「……あれって、乗山君だよね?」
「そうそう。昨日没収したピアスを取りに来たんだ」
「へー……」
 すみれの返事を聞いた悠貴は、しばらく乗山の背中を見送る。そして、ある程度見送った後、部屋の中に入った。
「それでさ、すみれ。次回の委員長会議のことで相談があるんだけど……」
「ん? ああ、いいよ。それじゃあ――」
< 9 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop