ゆびきりげんまん
「それに、このミサンガも」


 葵君は自分の左手首にしている青いミサンガを指差した。


「あ!」


 渡したときのことが蘇る。



 葵君が中学生になったときだ。

 試合のときはどうしても緊張してしまうと悩んでいた葵君に、私は青色の紐でミサンガを編んだ。


「大丈夫だよ、葵君。これをつけていたらきっと緊張しないよ」


 もう、リンクに葵君を見には行けなくなっていた。

 それでも応援したい。何か力になりたい。

 そう思って、私は葵君のお守りになればと作ったのだ。葵君に一番似合う青色の紐で。


「沙羅さんはリンクに来なくなったけど、でも、これをつけていたら沙羅さんを感じることができたんだ。僕は一人じゃない。沙羅さんが一緒にいるって。沙羅さんはいつだって僕の支えなんだよ!」


 無邪気に笑った葵君。

 私は涙が溢れるのを止められなかった。


「ごめんね、葵君。私、私ね。怖かったの。葵君がどんどんスケートが上手くなっていくのに、自分は平凡でつまらない人間で。そのことを実感しちゃうから、葵君のスケートを見るのが辛くなって! それで!」


 葵君は私の両頬を両手で挟んだ。


「そっかあ。そうだったんですね。沙羅さん、馬鹿だなあ。僕にとっては、沙羅さんはいるだけで十分な存在なのに」


 葵君の言葉は優しさに満ちていて、私の涙は余計に止まらなかった。


「僕の方が不安だった。沙羅さんが段々素っ気なくなってしまっていって。もう、幼馴染だった頃には戻れないんだろうかって。リンクに来てくれたあと、沙羅さんは僕を避けるようになって、沙羅さんの気持ちがわからないときもあった」

「……ごめんなさい」

「いいんです。今、沙羅さんとこうしていられるんだから」


 葵君は優しい微笑みを浮かべて言った。

 私は幸せすぎて胸が苦しくなるのを感じた。こんな日が来るなんて。

 そうだ。私も葵君に言わなきゃ。


「あの、あのね!」


 私は頬の葵君の手に自分の手を重ねて、切り出す。


「私、ピアニストの夢はもう無理だと思うの。でもね、葵君に少しでも近付けるよう、違う夢を持つことにしたの」


 葵君は優しく目を細めた。


「どんな?」

「ピアノの先生。私、講師免許を取って、子供たちにピアノを教えようと思うの」


 葵君は私の報告に、


「沙羅さん! 素敵じゃないですか! 僕もいつか沙羅さんに教えてほしいな、ピアノ」


 と私の両手を握りしめて笑顔になった。


「沙羅さん。僕は沙羅さんがどんな選択をしても沙羅さんを応援します。だから」


 葵君は右の小指をたてて、私の方に差し出した。


「約束」

「え?」

「僕のお嫁さんになってください。一生一番近くで僕を見ていてください」


 葵君の目は澄んでいて真剣だった。


 これから、葵君はどんどん世界に羽ばたく人になるだろう。

 だから、きっとこれからも私は悩むことがあるに違いない。

 でも、私は二人の未来を信じたい。

 そばで葵君を支えられるならこんなに嬉しいことはない。


 私はピアノを教えながら葵君の帰りを待つ未来を思い浮かべた。

 うん。とっても素敵。


「うん。どんなときも、葵君のそばで葵君を応援する。もう離れないから」


 私も右の小指を差し出した。

 二人の小指が絡まる。


「「指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ます! 指切った! 」」


 一緒に言い終えて、私たちは微笑んだ。


          了

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