彼は私を偏愛している
“あの”亜舟が、他人を気遣っている━━━━━

これは、誰もが信じがたい事実。

それ程亜舟は、他人に興味を示さない。

「みんな、飲み物渡った?」
「OK~」

「じゃあ…乾杯~!」
「「「乾杯ーーーー!!!」」」

「ヒナ、ポテサラ好きでしょ?はい!」
「あ、ありがとう!フフ…明太ポテサラ!」
「可愛い、ヒナ。可愛いなぁ…」
微笑み頭を撫でる、亜舟。

“あの”亜舟が、優しく微笑んでいる━━━━━━

亜舟は、基本無表情。微笑むなんてあり得ない。

「ヒナちゃんは、大学どこ?」
「あ、◯◯大です!」
「へぇー!」
「ねぇねぇー、俺とも仲良くしてー!
遥太(ようた)(葦原の名前)くんって呼んで?」

「ねぇ!気安くヒナに話しかけないで!」
雛菜に話しかけると、相手を睨み付けた。

“あの”亜舟が、嫉妬している━━━━━━━

他人に興味を持たない亜舟。
嫉妬なんて皆無だ。

亜舟の雛菜に対する対応全て、大学時代には見たことがないモノばかりだ。


「こいつ、ほんとに阿久津 亜舟?」
「だよな…別人に見える」
葦原達が、亜舟を見ながらポツリと呟く。

「実広」
「何?遥太」
「阿久津って、恋人の前ではこんななの?」

「この中じゃ、実広だけだもんな。
亜舟と付き合ったことある女」
佐近も言った。

「ま、まぁね…!」

「そうなんだぁー」
他の女性達も言った。

でも本当は、実広はこんな亜舟の姿を一つも知らない。
気遣う、優しく微笑む、嫉妬……全て━━━━━━

「変わってないなぁ、亜舟」
実広は悔しくて、わざとに言ったのだった。

「あ、瀬里ちゃんから電話だ!
亜舟くん、ちょっと向こう行ってくる!」
雛菜がスマホを片手に立とうとする。

「え?ダメだよ!ここでしな?」
それを制止しながら、すがるように見る亜舟。

「え?ダメだよ!迷惑だし!
すぐに戻ってくるから!」
「だったら、僕も行く!」
「え?亜舟くんは、皆さんともっとお話したいでしょ?元々は、私は邪魔者なんだし……」

「は?邪魔?誰がそんなこと言ったの!?」

「誰もそんなこと言わないよ。
葦原さんの厚意で、一緒させてもらったんだから。
とにかく行ってくるね!」
雛菜は立ち上がり行ってしまう。


その瞬間━━━━━━
亜舟の雰囲気と表情が、ガラリと変わった。

表情がなくなり、煙草を取り出す。
「佐近」
「え?」
「灰皿」
「あ、あぁ…」

佐近が亜舟の前に灰皿置くと灰を捨て、天井に向かって煙を吐いた。

このあり得ない程の変貌に、誰もが驚愕している。

「葦原」
「ん?」
「仕事の話、したいんだけど」
「は?今すんの?」
「今だからするんだよ。ヒナの前では仕事の話なんかしたくない」

「は?だから!今日は飲み会だろ?そんな時にすんのかって聞いてんの!」

「僕は飲み会に来たんじゃない。
仕事の話をしに来たの」
< 21 / 30 >

この作品をシェア

pagetop