彼は私を偏愛している

｢は？阿久津、お前…勝手過ぎるぞ！｣
葦原が、亜舟を鋭く睨む。

亜舟は何の感情もなく、葦原を見据えている。

｢おい、やめろよ｣
佐近が二人の間に入る。

亜舟、佐近、葦原の雰囲気が少しずつ悪くなる。


｢また、始まった…｣
｢三人が集まるといつもこうだよな……｣
｢実広達は、ちょっと出てろよ！｣
女性達を座敷の外に出るように促す。

実広達は、一旦外に出る。
その時実広は、さりげなく雛菜のバックを持って出た。

すると雛菜がちょうど電話を終えて戻ろうとしていた。

｢あ、もう…お開きですか？｣
｢ううん。喧嘩が始まったの｣
｢え……喧嘩…｣
｢亜舟と佐近と、遥太がね……｣
｢嘘…｣

｢貴女のせいよ！貴女のせいで、雰囲気が悪くなったのよ！だいたい！貴女みたいな子が、亜舟につり合うわけないのよ！
……………もう、帰って！｣
実広が雛菜を責めるように言い、雛菜のバックを胸に押し当てた。

｢え……私の…せい……｣

｢ちょっと実広、やめなよ！｣
慌てて、実広を止める友人。

｢ごめんなさい！！皆さんのせっかくの飲み会を台無しにして！！
私！帰ります！！
本当に、ごめんなさい！｣
雛菜は頭を下げ、バックを握りしめ居酒屋を後にした。


｢それより、ヒナは？｣
｢あ？電話中だろ！？｣
｢それにしては、長いな…｣

｢でしょ？僕、様子見に行く！｣

｢雛菜ちゃん、帰ったよ｣
そこに実広の声が響いた。

｢は？｣
｢帰っ…た…？｣
｢なんで！？｣
亜舟達三人が、フリーズする。

｢三人が喧嘩なんかするから、呆れたのよ！！｣

亜舟はすぐスマホを取りだし、雛菜に電話をかけた。
｢………ヒナ！！？今どこ！？｣
『……っつ…ごめんね、亜舟くん…』
雛菜の声から、泣いているのがわかる。

｢は？何言っ…て…るの？｣
『私のせいで、雰囲気悪くさせて……ごめんなさい！！』
｢ヒナ…？｣
『私、亜舟くんに…迷惑ばっか、かけてるね……』
｢ヒ…ナ……？｣

『本当は、亜舟くんの前から消えるのが良いんだろうけど……今更、別れるなんてできないの……』

｢どうしてそんなこと…言うの…？｣

『とにかく今日は、もう邪魔しないから……ゆっくりしてね！
大丈夫。タクシーで帰るから！お家で待ってるね！』

そこで、プツンと通話が切れた。


ゆっくりスマホを持った手を下ろす、亜舟。

｢阿久津？ヒナちゃん、何て？｣
葦原が顔を窺うように言う。

━━━━━━！！！！？
亜舟は一瞬で、実広に掴みかかった。

｢キャッ！！！？亜舟！！何！？｣

｢お前、ヒナに何を言った……！？｣
｢え………？｣
一瞬の行為に、佐近達は固まっている。

｢雰囲気悪くさせてごめんねって何？｣
｢え？｣

｢お前の言ってたことと違う。
雰囲気悪くさせたのは、僕と葦原。
なのになんで、ヒナが謝るの？｣

｢あ…あ……｣
亜舟の表情と声のトーン、そして何より凄まじく恐ろしい雰囲気に実広は言葉が出ない。

｢阿久津！やめろ！実広を離してやれ！｣
｢亜舟！！｣
葦原と佐近が、亜舟を実広から離す。

｢実広｣
｢あ…亜、舟……｣

｢もう一度だけ、聞く。
………ヒナに、何を言った？｣

｢雛菜ちゃんのせいで…雰囲気悪くなった…って…｣
｢………｣
亜舟は無言で立ち上がる。

｢亜舟、ごめ━━━━！！！？｣
亜舟は、実広を見下すように睨み付けていた。

｢二度と、僕の前に現れないで｣
言い捨てるように言い、万札を数枚置いて出ていった。