背中合わせの恋
 会うつもりはなかったけれど、文字だけのやりとりではもどかしく思っていたのは事実だった。
 ある日、ほんの出来心でボイスメッセージを聞きたいとリクエストした。
 すると難なく彼は短く声を入れたものを送って寄越した。

『yomoでーす。俺の声、そんなに聞きたかった?』

 しっかりとした低めの囁くような男性の声。
 この短いメッセージは、私の心を乱すに十分な破壊力があった。
 虚しい時間の中に小さな希望を見出した気がして、私は何度も、何度もその短いボイスメッセージを聞き返した。

 いよいよ会いたい気持ちが膨らんだのは、彼が冗談のように送ってきた動画だった。
 そこはどこかの海で、波に紛れて浮いたり沈んだりしているサーファーを数秒撮影したものだった。

(海鳥かと思ったけど、あれ、人なんだ……随分いるなあ)

 そんな感想を抱いた直後、彼のおかしそうに笑いながら話す声が聞こえた。

『遠くから見たら黒い鳥かと思った。あれ、人だね』

 その声を聞いた瞬間、彼が突然私と同じ世界に生きる人なのだと感じた。
 イメージの中だけで生きていた存在だったのに、手を伸ばしたら触れられるんじゃないかという距離に迫ってきた。

 こういう悪戯っぽい感覚を持った人であるというだけで私には好ましかったし、できればもっと他愛のない話をたくさんしたい。
 この人となら、きっとずっと語り合っていられる。

『会ってみたい』
 短くそうメッセージをした。
 顔写真を送ってほしいと言わなかったのは、外見で会いたさが消えるわけじゃないと思ったからだ。
 するとすぐにコールがかかって、通話ボタンを押すと楽しげなyomoくんの声が聞こえた。

『いいよ。いつがいい? どこにする?』

 その慣れた感じに少し驚いたけれど、こうしてメッセージの交換をしていて会うことになるパターンは珍しいことじゃないという。

『mikuさんから言ってくれなきゃ、会うつもりはなかったけどね』
「どういうこと?」
『そういうルールにしてんの』

 まるで“会いたいと言ったのはそっちだからね”と念押しをされたようで、少しだけ胸に重いものを感じた。
 しかもその口調から、私に対する興味もさほどなさそうなのも寂しい。

『だって、これって遊びでしょ?』

 からっからの空気のような言葉を、胸を掴んでくるような熱を帯びた声で言う。

(この人に期待し過ぎちゃダメだ)

 そう胸に決めたのに、私はとにかく少しでも早く彼に会いたくて仕方なかった。

 あの時の私は、いったい何を埋めようとしていたのか。
 寂しさ? 満たされない性欲? それとも……
 答えなんか知らない。

 ただ、「名ばかりの彼氏」となった帰らない同居人なんかとはさっさと別れて、色のない世界をほんの少し染めて欲しかった。
 そんな思いばかりが心をいっぱいにしていて、冷静に思考する力はその時の私には一ミリも残っていなかった。

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