背中合わせの恋
 実際に会ってみると、yomoくんは想像していたよりずっとビジュアルの整った青年だった。

 痩せた体に黒のジーンズとオレンジのパーカーはよく似合っていた。
 髪は程よく染まった茶色で、カラーコンタクトを入れているのか、両眼はうっすら青みがかっていた。
 年齢は言わなかったけれど、少なくともアラサーの私より下なのは間違いなさそうだ。
 なのに、私よりずっと多くの人生経験を積んできたような落ち着いたオーラを放っていて、待ち合わせたマックの中にいても周りの楽しげな若者とは明らかに空気が違っていた。

「なんか、実際に会うと会話ってすぐに見つからないもんだね」

 簡単な自己紹介をした後、私がそう言うと、彼はクスクスと笑った。
 その笑顔は急に幼い子供みたいになるから、少し驚く。

「mikuさんって結構な世間知らず?」

 氷だけになったコーラを吸い上げながら、yomoくんはそっけなく尋ねた。

「どうだろう。yomoくんより歳は上っぽいけどね」

 そう言うと、彼は一瞬どうしようか迷ったような表情をした後、自分の名前を紹介し直した。

「yomoっていうのは猫の“よもぎ”って名前から取ってるんだ。本当の名前は“まほろ。難し方の”まこと“に札幌の”幌“って書くんだ」
「眞幌くんか」

 実の名を明かされただけでなんだか妙に嬉しい。

(信頼されたってことでいいのかな)
 
 同じ流れで、私もmikuが本名ではないということを明かした。

「私の名前は鈴音。mikuは姉の名前なんだ」
「へえ、漢字は?」
「リンリン鳴る鈴に、音楽の音だよ」
「鈴音……」

 突然自分の名を口にされ、なぜか体内の血が一気に沸騰しそうな感覚になる。
 そんな私の様子には気付かないようで、彼は右斜め上を見つめながら言葉を続けた。

「いいね。鈴の音、好きだよ。ストラップとか買う時も必ず鈴がついてるやつにする。俺のポケット、いろんな鈴が鳴るから煩いってたまに言われるけどね」

 こんなふうに自分の名前をじっくり吟味してくれた人はいなかったから、些細なことだけれど、じわりと嬉しさが胸に広がった。
 会う前の乾いた冷たい印象とは違って、案外優しげな微笑みを見せるから、好感度が高くなる。

(出会いに慣れた擦れた人なのかと思ったけど、そうでもないのかな)

「眞幌くんが普通の人で良かった」
「普通? 普通ってどういう人間のこと言ってるの」

 そう尋ねる彼の瞳が鋭くなったのがわかって、ドキッとなる。

「あーえっと。なんか変な人だったらちょっと困ったかもしれないし」
「変? 禿げたオヤジだったら、逃げて帰ったってこと?」
「そういうわけじゃないけど……」

(いや、それもあるのかな。外見なんかどうでもいいと言いながら、私は今の眞幌くんの外見にすごく安心してる)

 自分の考えや言葉が妙に薄っぺらに感じて、何を口にしても彼の思考には追いつけないんじゃないかという焦りを感じた。
 この直感だけは当たっていて、眞幌は私なんかよりずっと多くのことを考えて複雑に生きている人だった。
 そして、この会話自体が彼にとっての軽い防衛だったことは、後になって知る。

「で、鈴音さん。俺とこの後の時間どうしたい?」
「え?」
「居酒屋はしごする? それとも、どこか休めるとこがいい? 俺はどれでもいいけど」
「え、ええと……」

 私の貧弱な経験値では、すぐに眞幌の言っている条件を理解することが難しかった。
 とりあえずわかったのは、彼は自分がどうしたいというのはさほどなさそうだということだった。

(どうでもいい……みたいな感じだな)

 そのことが想像以上に寂しくて、私は本当の本音では、結構期待していたことに気づいてしまった。
 この人が私の新しい恋人になってくれるのではないか……という期待を。

「鈴音さんはさ、とりあえず慰めてくれる人なら誰でもいいんでしょ」
「っ」

 容赦なく私を試してくるような言葉に、すぐに返すことができない。
 彼を勝手に理想化し、出会いはどうであれ、この人と一緒にいられるといいなと思っていたのは間違いないから違うとも言い切れない。

「確かに……誰かにいて欲しいとは思ってたけど。誰でもいい……わけじゃないよ」

 どうにかそう答えると、眞幌はまた小さく笑った。

「そっか。そんなに俺がいいの? 何も知らないのに」

 見た目に似合わない、乾いた、疲れきった笑い。
 なのに、瞳にはどこか野生っぽい獰猛さを滲ませていて、簡単な人じゃないのが直感的にわかった。

「少なくとも、私は……もう少しあなたを知りたいと思ってる」
「へえ?」

 悪戯っぽく小首を傾げて言う姿は“ずるい”と言いたくなるほど魅力的で。
 もう今日1日、どうなってもいいやと思わせる引力があった。
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